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「愛のカタチは揺れるコスモス」で万葉が二条に指導しているシーンが描写されている。この描写に対し日高先生は「昔の設定だと万葉は高校を中退して美容師の道に進む予定であったが、『世界でいちばん大嫌い』においては万葉に高校を卒業させる予定で、この二つの作品設定は矛盾し、万葉が二条に指導を行うことは出来る訳がない」というようなことを、せかキラ2巻49pの柱で書かれている。
日高先生が自ら「矛盾している」と書かれているので、それをそのままにしても構わないのであるが、「せかキラ」の設定では本当に万葉が二条に指導することは不可能なのであろうか?もし万葉が二条に指導できるとするならば、それはいかなる条件を満たすときであろうか?これを検証してみよう。
万葉が二条に指導を行っている時点の各々の年齢を確認すると、単行本「ありのままの君でいて」171p2コマ目に記載されている通り、百華が高校3年になった春から秋吉家において万葉の指導が行われている事が解る。この時の百華の年齢は誕生日前なので17歳、万葉も誕生日を迎える前とすれば3歳年上なので20歳と言うことになる。高校卒業時点の万葉の年齢は18歳なので、約2年間習練に費やす期間があったものと思われる。また、二条は千鶴の同級生なので、万葉とは1歳年下になる。彼の場合は、高校を卒業してから美容師になるための具体的行動を起こしているとすれば検証時点で1年間、在学中から通信課程を受けているのだとすれば3〜4年間は習練に費やす時間があったものと思われる。
この検証は調査ファイル102の仮説に基づいて万葉が高校を卒業する平成4年から指導の描写がされている平成6年頃を基準とする為、平成10年4月に施行された現在の美容師法及び関連法規ではなく、改正前の旧美容師法及び旧関連法規に基づいて検証するのもとする。
当時、美容師になるためには中学校卒業者が、厚生大臣の指定する美容師養成施設を卒業した後1年以上の実地習練を行い、学科及び実地の美容師試験に合格しなければならなかった。なお、学科試験は実地習練中の受験が可能である。美容師養成施設に於ける習練期間は昼間課程で1年以上、夜間課程で1年4ヶ月以上(通常は1年6ヶ月)、通信課程で2年間以上必要であった。なお、昼間・夜間課程の入学は4月(及び養成施設によっては10月の年2回)、通信課程の入学は10月のみである。
美容師試験は筆記試験が4月・10月、実地試験は6月・12月に行われており、合否発表は概ね1ヶ月以内に行われていた。日程は都道府県によって多少異なっていたものと思われる。
以上、万葉及び二条に与えられた習練期間と、美容師養成施設における必要な習練期間及び美容師試験開催時期を考えると、以下の組み合わせが考えられる。
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まず二条の情況を考えると、彼はこの年の10月末頃には「美容師の勉強のため3年間留学」する為に渡航する事になり、少なくとも通信課程就業中であるとは考えにくいので高校卒業後もしくは高校2年の10月に通信課程に入校した可能性は低いだろう。また、夜間課程であれば4月頃はまだ修業中であり、週2回夕刻以降に家庭教師を行う事には無理があるだろう。つまり、二条は養成施設昼間課程を卒業後、もしくは高校1年の時に通信課程に入学し高校3年の10月に既に卒業した上で、実地研修として「真紀・万葉が経営する美容院」に勤めていると考えるのが妥当と考えれられるのである。
本誌2001年5号(69話)によると、二条は高校卒業後でないと美容師養成施設に通えないようであり、「高一時点から通信課程に入校」の可能性は無くなったと考えられる。
次に「昼間課程卒業直後の二条」を万葉が指導できる情況とはどの様なものになるだろうか。彼女がもし通信課程を選択しているとすればまだ修業期間中であり、昼間課程を卒業してきた二条に技術指導を行うと言うのは説明に少々無理があるだろう。夜間課程もしくは昼間課程を選択しているのであれば既に専門学校は卒業し筆記試験にも合格している事も考えられるが、いずれにせよ実地試験を受ける前の段階にあることに違いは無いのである。また「高校在学中に通信課程を卒業している二条」を万葉が指導できる状況を検討してみたが、このケースの場合作中の時点では二条は既に実地習練を1年間受けた後であり、高校卒業後に昼間課程を受けた万葉と同程度の修業期間をこなしてきた事になるので、万葉がどの課程を取ったとしても二条に技術を教えるというのは少々不自然になる。
以上により作中の時点では、万葉は「昼間課程卒業後実地習練1年、もしくは夜間課程卒業後実地習練半年」、二条は「昼間課程卒業直後」と考えれば習練期間における辻褄はとりあえず説明できるものになるだろう。
では、実地習練1年もしくは半年の万葉の技量というのはどの様なものになるのであろうか?実際には美容師免許を取得した上で客に対する美容行為を行うのであろうが、技量そのものは個人差があるので「実際に客に美容行為が出来る程度の技量を得るまでの期間」がどの程度になるのかを調べたところ、いくつかの美容師(美容所)関連ホームページには「美容師になるための方法」の説明のとして「美容室に勤めながら技術を高め5〜6年程で1人前と〜」と書かれていたり、別のページには「3年間修行して〜」との文章が記載されているところから、少なくとも実地習練1年経過時点というのは、この業界では技量的にはヒヨコ同然の状態では無いかと考えられるのである。
そこで、「ヒヨコ」の万葉が「ヒヨコ以前」の二条に対して指導をするという状況を想定すると万葉は実技試験を受けるに際し、自らの復習を兼ねて二条に指導しているという、かなり無理はあるものの「一応の辻褄が通る仮説」は成立するのではないだろうか?
今回「美容師関連法規」及び「技量を得るまでの時間」を調査していると実際の法規と美容施設での現実にギャップがあり、平成10年の厚生省令改正でギャップがより一層広がったように感じられる部分が多々存在した。ここでは法律に基づく解釈とは別に、適法・違法を無視して当時の実態を元に万葉が二条に指導することが可能かどうかを検証してみよう。
美容師法によると、美容師でなければ美容を業としてはならない事になっている。ここで言う美容とはパーマ・結髪・化粧等、容姿を美しくする事であり、美容の業とはこれを行うための全ての行為を指しており「カット」はもちろん「ロッドに髪を巻く」事や「シャンプー」「ブロー」も含まれている。唯一の例外は「実地習練者と美容学校(のカリキュラムにおいて美容学校が指定する実習先の美容所)の生徒を実務実習者として受け入れている場合の作業に関してのみ、指導にあたる者の十分な監督のもと助手として業務に従事させる事が出来る」と言う関連法規からの解釈のみとなり、夜間・通信課程に通いながら美容所に勤める者は、美容所の清掃や器具の洗浄・受付電話取り次ぎなど間接業務にしか従事できないと言う事になるが、実際には各々の美容所の判断で相応の技量を持つ実地習練者及び通信課程に通い美容師免許を持たない無資格者でも美容師免許を持つ有資格者と同様の美容行為を行わせる事が日常的であったらしく、調査協力者を通じて「元美容師」の方に実状を伺った時も「忙しく人手の足りない美容室だったら入って半年くらいでカットさせるそうです。必ずしも免許がなければいけないわけではないらしい…」との回答を得ている。
この実態を元に再度調査時点での万葉及び二条の情況を考えた場合、二条の条件はほとんど変わりない為、昼間課程を卒業直後と考えるのが妥当と思われるが、万葉の場合は通信課程修業中だとしても実技面において実戦を経験している分、二条に指導するだけの技量を持っている事も考えられなくも無い。むしろ、技術指導という面においては先の「自らの復習」説より説得力があるのでは無いだろうか。
なお、この実態が近年話題になった「カリスマ美容師無免許問題」の温床となったことや、改正後の法規が実態や現実に則していないのではないかという業界と厚生省のギャップなど、現在様々な問題が表面化しているが、今回のレポートでは取り扱わないものとする。
百華の家庭教師を行い10月末頃には渡航してしまう二条は、やはり美容師養成施設の昼間課程を卒業してきていると考えた方が自然であろう。そして、昼間課程卒業したての二条に技術指導を行うとすれば、万葉もまた養成施設は卒業していると考えるべきである。しかし、一人前の美容師になるために少なくとも3年以上は実務に就いている必要があるとするならば、卒業直後の者に指導するとはいえ単に1年や半年の実地習練の技量では物足りなさを感じざるを得ない。そこで第一・第二の仮説を複合させ、万葉が養成施設昼間課程修業中も学校終了後や日曜祝日など自由になる時間全てを美容所での修行(バイト)に費やし、実地習練に入ってからは真紀・徹ら「鬼コーチ」の指導・特訓を受け、高校時代にバイトしたことも幸いし実技試験前ではあるものの一人前前後の技量を取得する事が出来ているという仮説はどうだろうか?御都合主義とも呼べるが、案外万葉の努力次第では不可能で無いかもしれない。
3つの仮説を上げてみたが、いずれも「できなくはない」というレベルには違いないだろうし、論理そのものが”こじつけ”と言われても仕方がない。しかし、可能性が0で無い以上一概に「矛盾している」と言い切る必要もないと思われるので、「万葉が二条に指導するシーンは作品設定(シリーズ構成)上、問題は無く矛盾してはいない」との結論で今回の調査を終了したい。なお、業界関係者からの御意見を頂ければ幸いである。
さて、実技試験受験前に渡航して4年後帰国した二条は、美容師の資格的にはどの様な扱いになるのであろうか?どこの国へ行ったのか記載されていないため、アメリカもしくはヨーロッパへ修行に行ったものと仮定して検証してみよう。
日本人がアメリカで美容師として働くためにはコスメトロジスト(美容師)ライセンスが必要で学科及び実技の試験に合格する必要がある。受験資格はアメリカの美容学校に1,600時間通い卒業するか、日本で美容師として4年以上の経験があることを証明できる書類が必要であり、二条の場合経験が無いためアメリカの美容学校に通いなおす事になるので事実上一から出直しである。
ヨーロッパの場合は美容師に関する資格制度が厳格に規定されていない国も多いがEU統合に絡みドイツの美容師資格を元に統一の方向にあるらしい。このドイツの資格制度では知識を職業学校で学びながら2〜3年サロンで見習いをし、勤務証明をもって資格試験の受験資格を得、試験に合格後「上級職人(Geselle)」になることが出来る。EU諸国人以外の適用や日本での資格が有効になるかどうかは不明であるが、こちらでも一から出直しと言うことではないだろうか。
いずれにせよ4年の間で修業国における美容師の資格は取得が可能と思われるが、残念ながら日本では海外での美容師資格を認めておらず、二条は帰国後改めて美容師試験を筆記試験から受け直し日本での美容師免許を取得する必要がある。もし美容師養成施設の通信課程受講中に渡航しているのであれば、いくら海外の資格をもって帰国していても養成施設入校から出直しと言うことになってしまうのである。