日高先生のデビュー作『君をのせて』この作品の主な舞台が、
「駅」であることは今更言うまでもない。そして、作品がフィクションである以上、
その舞台も架空のものであると考える方が一般的だろう。
だが、貴方は作品中に登場した看板や列車に見覚えはないだろうか?
そう、「名鉄」と「パノラマカー」である。
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まず、この2つのキーワードが解らない方のためにも、「名鉄」と「パノラマカー」が何を指すものなのか解説しよう。単行本「365日の恋人」21p2コマ目に文字看板として描かれている「名鉄…」。この「名鉄」は、一般的には「名古屋鉄道」指す略称であり、同社の関連企業にも「名鉄〜〜」の様に冠として使用されている。
<名鉄:名古屋鉄道株式会社> |
名古屋市を中心に愛知・岐阜県にまたがり約540kmの鉄道路線(JRを除く日本の私鉄第2位)と約5,000kmのバス路線を持つ、中部地区の鉄道会社。その他にも流通・レジャー等約300社のグループ企業を持つ。資本金743億円・年間収入1,440億円。 鉄道事業は、名古屋本線(新岐阜−豊橋)を主軸に犬山線・常滑線等18路線を持ち、旅客駅は合計360駅に及ぶ。 |
また、9p1コマ目に描かれている列車は下記コラムのパノラマカーに酷似している。この車両を運用する鉄道会社もまた、「名古屋鉄道」である。
<パノラマカー:7000系/7500系> | |
昭和36年から特急用として名古屋鉄道が製作した車両で、「2階運転台・前面展望車・連続固定窓」という特徴から「パノラマカー」の愛称で呼ばれる。デザイン面の特徴である日本最初の「2階運転台・前面展望車」構造であるが、当時の名古屋本線は踏切設備の整備が整っておらず、踏切事故の際に乗客の安全を図るため衝撃緩衝器の設置や強化ガラスを採用。このほか前照灯の4灯化やミュージックホーンの採用など安全面における同社車両部の苦心の跡が伺える。7000系登場の2年後の昭和38年に、改良型として7500系が登場した。 特急車両として誕生したパノラマカーも性能的・設計思想的な老朽化が著しく、現在では特急運用をすべて後身に譲り、急行・普通列車として本線・支線を走行している。 | |
7000系 | 7500系 |
「名鉄」の看板と「パノラマカー」。この2つ描写は『君をのせて』の舞台が、中京地区の名古屋鉄道沿線をモデルとしている十分な証拠であると言える。では、作品に登場する「駅」のモデルとなった実在の駅…そう、「X駅」は存在するのであろうか。もし存在するならば名鉄に360ある駅のうち、どの駅になるのだろうか?『君をのせて』には、これ以上地理的特徴が描かれていないので、時間的続編である『ありのままの君でいて』に地域特定情報を求め、X駅を探し出してみよう。
『君をのせて』に「名鉄」以外の文字による地域情報が無いのと同様に、『ありのままの君でいて』にも文字情報としての地域情報は1コマしかなかった。また、背景から地域情報を読みとることもできなかったので、新に入手出来る情報は単行本「ありのままの君でいて」54p1コマ目の案内板(図1)のみである。
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つまり、作品中から直接得ることが出来る手掛かりは、「X駅」は
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それでは、手掛かりから「X駅」を求めてみよう。
無論、「君をのせて」時点での列車の時刻表は、現在の時刻・走行経路と食い違う可能性もあるが、当時の時刻表を入手する事は一般的には困難なので、主要ダイヤや走行経路が変わっていないという条件の下での推測になることを承知願いたい。
まず、上記条件(III)に登場する「豊橋駅」が名鉄沿線のどこにあるのかを確認するために、名鉄ホームページにある鉄道路線図(抜粋版は図2)を見ると
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ということが解る。
また、先ほどの名鉄ホームページ内「Train&Bus時刻・運賃案内」の「駅の時刻表を見る」から、全路線・全駅において(条件(VI)により)平日における名鉄各駅からの豊橋行き特急出発列車時刻を調査したところ、別表1の通り豊橋に到着する特急は全て「新岐阜・新名古屋・東岡崎」の何れかの駅が始発駅であり、名古屋本線以外を走行しない。つまり、
とすると、上記条件1〜2により
と言えるだろう。
次に、別表1より全ての新岐阜発豊橋行特急が名古屋駅に停車していることが解るが、名鉄の中心駅が中京地区の中心駅である新名古屋駅であることを考慮すれば、新名古屋よりも岐阜側の駅では図1の案内板の「○○方面」には「新名古屋・○○方面」の様に「新名古屋」の文字が記載されていると考えるのが妥当と思われる。つまり、
と推測される。
同様に、別表1に登場する伊奈駅は豊川線の分岐駅である国府駅よりも豊橋側にあり、条件(IV)を満たせないため、
と推測されるのである。
条件(A〜C)に該当する駅は、図2及び別表1を見ると「新名古屋・金山・神宮前・知立・新安城・東岡崎・国府」の7駅である。そこで、今度はこの7駅について、ホームの構造を検証してみよう。
名鉄ホームページの「主要駅案内」には、上記7駅の内「国府」以外の駅の構造が記載されているので、6つの駅についてはその構造を把握することが出来る(簡略版は図3)。
図記号解説 | |||
ホーム | 乗り場番号 と乗車方向 | ||
ホームから見て 上り階段 | ホームから見て 下り階段 |
駅名 | ホーム構造 | 乗り場案内 | 駅名 | ホーム構造 | 乗り場案内 |
新名古屋駅 | 1,2番線 下りホーム 3,4番線 上りホーム | 金山駅 | 1,2番線 新名古屋・新岐阜方面 3,4番線 東岡崎・豊橋方面 | ||
神宮前駅 | 1,2番線 新名古屋・新岐阜方面 3番線 常滑・河和・内海方面 4番線 東岡崎・豊橋方面 | 知立駅 | 2〜4番線 豊田市・碧南方面 5番線 金山・新名古屋方面 6番線 東岡崎・豊橋方面 | ||
新安城駅 | 1〜2番線 西尾・蒲郡方面 3〜4番線 金山・新名古屋方面 6番線 東岡崎・豊橋方面 | 東岡崎駅 | 1〜2番線 金山・新名古屋方面 3〜4番線 豊橋・豊川稲荷方面 | ||
詳細案内図は名古屋鉄道株式会社ホームページより交通事業→主要駅案内図を参照 |
まず、各々の駅の3番線が何方面のホームであるかを確認しよう。すると、神宮前・知立・新安城の3駅の3番線は、豊橋方面へは向かわない列車のホームであり、条件(III〜IV)を満たせない為、この3駅はX駅ではあり得ないことが解る。
次にホームへの移動手段である階段に注目しよう。階段を下りてホームへ向かう構造である新名古屋・金山の2駅は条件(V)に合致しない。
のいずれかが「X駅」のモデルになった駅であると思われる。
しかし、インターネット上や市販されている資料からの情報収集ではこれ以上詳しいことは解らない。そこで、現地調査を敢行し、本当にこの2つの駅の何れかが「X駅」なのかどうか情報収集を行うこととした。
まず、駅の構造がインターネットでは調査しきれなかった国府駅から現地調査を行ったところ、この駅が「X駅」である条件を満たしていないことが判明した。
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つまり、「国府駅」はX駅ではあり得ないのである。
この駅は、インターネット等での調査により駅構造が「X駅」の条件を満たしていることが判明していおり、今回の調査で唯一の「X駅」である可能性が残された駅でもある。そこで、「君をのせて」及び「ありのままの君でいて」で登場したシーンと同じ構図が得られるかどうかを主体に調査した結果、下記写真の通り作中の構図と類似性を持つ証拠写真を得ることが出来た。
「365」6p1コマ目、奈津子が3番線に入ってくる列車の1号車に乗るために階段を駆け上がるシーン。作中と同様に東岡崎駅も3番線1号車方向へ向かう階段にはエスカレーターが設置されてる。ただし、作中の様な俯瞰の構図は天井の高さと壁の位置の関係で撮影することは出来ない。 | |
同、35p1コマ目。X駅のホーム構造を解説するシーン。手前、写真左側が3号車乗り場で、右側が1号車乗り場。茶色の壁をもつ階段と、奥に白い壁面を持つ待合室が見え、作中の説明と同様の構造を持つことが確認できる。 | |
「ありのままの君でいて」8p2コマ目、ふられた直後の一久が歩いてくるシーン。写真はちょうど4号車乗り場から3号車乗り場方向を見る、めぐみの視界に相当するだろうか。作中と同様に写真右側に2番線のレールが見える。 | |
同、14p2コマ目。改札口のあるコンコース(駅中央通路)へめぐみが階段を下りてくるシーン。作中めぐみの後に見える柱と同様なものが写真にも存在する。 | |
同、14p6コマ目。作中、一久が立っている場所のさらに右側、柱の右奥に改札口があると説明されているシーンと同様に、柱の右奥に自動改札機が見える。なお、作中自動券売機が設置されている場所には指定券販売窓口(有人)があり、自動券売機は有人窓口のさらに左側に設置されている。 | |
同、18p4コマ目、めぐみがベンチから立ち上がるシーン。ベンチの真上に時刻表が見える。写真でも同様に3番線3号車乗り場ベンチの上に時刻表が設置されている。 | |
同、37p5コマ目、めぐみが本屋へ向かって階段を駆け上がるシーン。東岡崎駅も付設駅ビルに商店街(岡ビル百貨店)に本屋があり、コンコース地上階から階段でつながっている。 | |
同、54p1コマ目。3,4番線ホームの列車案内板。一般的に交通機関の時刻表示は24時間制(午後4時なら16時と表現)を取っており、作中の「4:35」は実際には「16:35」と表示されるのが正しい。写真の通り現在も東岡崎駅から「16:35」発の豊橋行き特急列車が出発しているが、「16:37」発の豊川稲荷行き急行はダイヤ改正で2分繰り下がられたようである。 | |
同、77p5コマ目。3番線ホームの列車に駆け込み乗車を試みる一久のシーン。4号車方向の階段にはエスカレーターが無い。 | |
同、136p1コマ目のシーン。作中の「名鉄電車」の看板は「座ってゆったり快適に 名鉄特急」の看板に掛け替えられたようであるが、駅舎屋上部の防護策の形状、タイルの壁面及び窓ガラスの形状が作中の背景と類似している。 |
これらの現地調査結果より、名古屋鉄道名古屋本線東岡崎駅こそが、一久のふられた駅のモデルとなった駅であることは、まず間違いないであろう。
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確かに「一久がふられた駅は東岡崎駅である」ことは突き止めたのだが、今回の調査で「一久がふられた駅」と「現実の東岡崎駅」がこれほどまでに似ている…いや、明らかに調査された資料を元にして描かれていることから、「秋吉家シリーズ」に登場する他の舞台も現実社会にモデルが存在するのでは無いだろうか?との疑問が生まれるのは、至極当然の事ではないだろうか。
余談だが、一久が奈津子に告白して玉砕した場所を特定してみよう。「365」28p〜29pの状況を確認すると、3,4番線ホーム3両目乗り場にあるベンチの3番線を向いている方で、名古屋側から3番目の席に奈津子が、2番目の席に一久が座っているようなので、現地では右写真の矢印の位置に相当するものと考えられる。
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