−アバン−
闇に蠢くもの、影に潜むもの、夜に漂うもの
彼らが帰って来れない理由って別に彼らだけの問題じゃない。
カミングアウトされて困るのは実は私達のほう
戸惑う人、
不審にかられる人
対処の仕方がわからない人
まぁ、犯罪者に隣にいられて平気な人のほうが少ないわけで・・・
だからどちらの側にも現実を受け入れるだけのモラトリアムが必要なのかもしれません。
ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The
Missionの続編ですので
よろしく
−連邦宇宙軍・大会議室−
「えー、プロスペクターさんには艦隊の主席監察官、ゴート・ホーリーさんには艦隊の戦術オブザーバーを担当して頂きます。ホウメイさんには・・・」
「おい!」
何事も無かったように会議を進めようとするルリの発言を遮るアキト。
ただそれだけなのに一同が彼を注視し、そして緊張する。
「この会議はこんな無駄話をするだけのモノなのか?」
「無駄かどうかわかりませんが、これからやっていく仲間ですので、顔合わせです」
「なら御免被る。時間の無駄だ」
「ご承知だったのでしょう?こんな会議だった事を」
殺気を孕む圧迫感のあるアキトのセリフになんとか対峙しているルリ。
多分この場で今のアキトに正面切って対等に話を出来るのはネルガル関係者でもエリナかプロス、ましてや一般人ともなればルリかユリカぐらいしかいないだろ。
「会議自身に興味はない」
「じゃ、なんでですか?」
訂正・・・テンクウ・ケンも平気の様だ。
「君だよ、テンクウ・ケン少佐」
「私・・・ですか?」
意外そうに尋ね返すケンに苦笑するアキト。
「君は自分の重要性に気がついていないようだな?」
「どういうこと、アキト?」
ユリカが尋ね返す。彼女達のレベルでも知らされていないようだ。
コウイチロウらタヌキ親父達はそっぽを向いていた。
「知らないようだから教えてやろう。
そこのテンクウ・ケンは元木連兵士。
白鳥九十九、月臣元一郎に匹敵する能力を持ちながら『生体跳躍』が出来ないという一点のみで優人部隊に入れなかった男。
そして・・・・」
一旦言葉を区切るアキト。ケン自身はその後に続く言葉を特に気にはしていないようだ。
「そして『後天的にA級ジャンパーとしての能力を得る』ことの出来た唯一つの成功例・・・
聖典であるゲキガンガーの主人公を産み出すプロジェクト『優人創出計画』
その最高傑作にして最大の失敗例・・・
そうだよな、テンクウ・ケン君?」
一同はテンカワ・アキトの言葉に息を呑まざるを得なかった・・・
Chapter3 見えない絆
−再び連邦宇宙軍・大会議室−
「本当ですか、少佐?」
ルリも驚いたように尋ねた。一同の感情を代弁しているようだった。
「いやぁ、そんなに大げさに取られても困るんですけど・・・」
と、ケンは逆に恐縮気味に答えた。本人自身は告げられた事実をあまり深刻には捉えていないようだ。
「あの当時、木連の若者は誰もが生体跳躍の実験を行なってます。まぁ、免許を取るような感覚ですのでそれ自身は大したことはありませんよ。
それに生体跳躍の為のDNA手術を受けましたが、残念ながら火星会戦当時はその能力が発現しなかっただけですし・・・」
「でも、木連で初のCCのみによるジャンプを可能にしたんだろう?」
アキトの追求は尚も続く。だが、ケンは苦笑した。
「実験室レベルでたったの一回ですよ?再現性の無い実験なんて、無いに等しいですよ」
自嘲気味に答えるケン。
「だが、他人はそうは考えなかった。
人為的にA級ジャンパーが造れる可能性があれば当然それを研究しようとする。
当然、火星の後継者達も・・・」
一同、アキトの言葉に息を呑む。
「か、艦長・・・火星の後継者に誘拐されたんですか?」
ハーリーが尋ねた言葉は皆が思い描いていた想像を代弁していた。
何せ、誘拐された後の末路たる人物テンカワ・アキトが隣にいるのだ。
想像は容易だった。
「いえ、運がよかったんですよ。捕まった2、3日後に助けられまして・・・テンカワさんと一緒に。」
あいかわらず、重大な事実ではないようにのほほんと答えるケン。
二人の数奇な運命と奇妙な関係に一同は唸らざるを得なかった・・・。
−火星の後継者・旗艦ゆめみづき−
「どういうつもりだ?オレを呼び出したりして!」
少し痩せぎすの男が巨躯の偉丈夫に対して不満の意を露にしていた。
「既に決起は成された。いつまでも穴蔵に篭って兵器開発じゃあるまい?」
その偉丈夫・・・新生火星の後継者の首謀者、東郷はそう答えた。
「スケジュールをたてたのはお前だ。しかもオレに断りもなしにだ。」
「政治情勢は刻々と変化している。お前に断っている暇が無かった」
『その気すらなかったくせに!』
その痩せぎすの男・・・西條は心の中で毒づく。
彼らはかつて故草壁春樹が主催していた政治結社聖獣会の四天王と呼ばれた幹部であった。
彼らは共に木連内での草壁の地位を確保する為に闇で暗躍していたエージェントである。
四天王のうち、
青龍の北辰は主に諜報活動及び暗殺活動を行なっていた。A級ジャンパー狩りが主な役目であった。
朱雀の南雲は草壁を思想面でのバックアップをしていた。将来的には草壁の後継者としての役割も担っていた。
白虎の東郷は政治工作の為に主に地球に潜入して火星会戦当時からクリムゾングループに接触していた。
そして玄武の西條は機動兵器の開発に携わっていた。ジンシリーズはもちろんのこと、夜天光、六連も彼の作品である。
だが、その四天王のうち北辰と南雲は既にナデシコによって倒されている。
そして残った二人が現在の火星の後継者のナンバー1と2である。
確かに現在、火星の後継者がまとまって組織だっているのは東郷の政治的手腕のおかげである。が、元は対等な立場にあった西條としては素直にナンバー2の地位に甘んじる事など出来ようもない。
「で、オレに何をしろと?」
西條は憮然として東郷に聞く。
「別に、ただお前に教えようと思った事があっただけだ」
「何を?」
「黒百合・・・あいつが宇宙軍についた。」
西條を釣るにはその情報だけで十分だった。
黒百合・・・テンカワ・アキトは過去数年間に火星の後継者達のラボを次々と破壊した張本人だった。西條にとっては一番忌々しい相手だった。
無論、ラボといってもどちらかと言えば生体跳躍実験を行なうヤマザキ班の方が被害を受けていたのだが、それでも西條班の様に機動兵器実験を行なっていたラボも無関係ではなく、幾度となく被害を受けていた。
「別に俺が倒しても構わんのだが、お前のほうが恨みが大きかろう?」
「面白い。黒百合はオレが倒そう。ちょうどナイチンゲールもロールアップしたことだ」
西條も東郷にいいように使われているつもりはない。
火星の後継者の中でも黒百合に関する憎しみはかなり根深い。彼を討ち取る功を挙げれば組織の中での発言力が高まる。が、それだけにリスクも大きい。
東郷がこの功を西條に譲ろうとしているとすれば、それはメリットよりもデメリットの方が大きいと判断したのか、それともそれ以上に優先度の高い事象に取り組んでいるのか。
どちらにしても西條は東郷の思惑通りに動いてやるつもりはなかった。
西條が退出した後、東郷は思い出したように呟いた。
「そうだ、忘れていた。テンクウ・ケンも宇宙軍についたっけ・・・」
それを伝えていれば後の展開も変わっていたかもしれない。東郷にとって情報のコントロールは政治統制の第一歩だった・・・。
−再び連邦宇宙軍・大会議室−
「まぁ、別にそんな話がしたかったわけじゃない。」
「じゃ、何を?」
「白虎の東郷の動向・・・こう言えばわかるかな?」
アキトはケンにわかるように単刀直入に尋ねた。ケンの瞳が伏し目がちになる。
既に彼らの会話には誰も割り込まなかった。
「いやぁ、ナデシコの艦長候補生になる時に引き継ぎをした時点での情報しか私は知りませんよ。」
「そうか?お前のところには俺が集めた情報だけじゃない。ネルガルが与り知らぬ宇宙軍ルートの情報、それに木連ルートの情報も来ているだろう?」
「私はしがない一将校ですよ?」
「だから言ったろ?存在自身が一つの権力なのさ。
あるいはその『人からの信頼を勝ち取る性格』も造られたものかな?」
「アキトさん!!」
ルリが思わず声を張り上げた。造られたモノの痛みを一番知っているのは彼女なのだ。
「冗談だ。そこまで言わないと、こいつは本心を表わしてくれないからな」
アキトは苦笑混じりに呟いた。そこにかつてのテンカワ・アキトの面影は無かった。
「でも!」
「ルリさん、私は気にしてませんよ。
とはいえ、あまり皆さんを不機嫌にしてもなんですので、テンカワさんのリクエストに答えましょう。」
「・・・助かる」
「あくまでも推測ですが・・・たぶん東郷自身の目的は遺跡の占拠ではないように思えます」
「なぜ?」
ケンの言に対するアキトの質問は一同の疑問を代弁した。
なぜなら火星の後継者達の唱える『新たなる秩序』とはボソンジャンプの独占管理による社会秩序の掌握にあるはずである。
そしてそれを実現するには火星の極冠遺跡、もう少し詳しくいえば遺跡の演算ユニットを取得し研究することにある。
「決起して一番最初にここを攻めに来なかったことです」
そう、遺跡ユニットは現在宇宙軍が厳重に保管している。タイミング的には決起直後電撃的に宇宙軍を襲うのが一番である。
「たぶん、彼の価値観としてボソンジャンプという政治的及び軍事的なツールに対して草壁春樹ほど幻想を持っていないということでしょうか?」
「なぜです?彼は火星の後継者でしょう?」
ルリは疑問を提起する。もっと議論が深まるようにだ。
「草壁春樹が火星の後継者を組織できたのはなぜです?
そして東郷が火星の後継者を再建できたのは同じ理由ですか?」
「確かに今回造反した統合軍の方たちが縋ったのは『新たなる秩序』という幻想ではなく、『排除される恐怖』という現実ですからね」
そう、東郷が草壁以上の軍事力を手に入れたのは遺跡ユニットのおかげじゃない。彼自身の政治的手腕故だ。そう考えれば東郷が必ずしも遺跡ユニット奪取にプライオリティをおいていないかもしれない。
「それじゃ、やつの目標は何だと思う?」
アキトのその問いにケンは肩をすくめた。
「これ以上は邪推ですよ。変な先入観は視野を狭くします。」
ケンの正論に皆うなずくしかなかった・・・。
アキトはそれだけ聞くと興味が失せたように立ち上がった。
「ラピス、エリナ、帰るぞ」
「ちょっと待てよテンカワ!」
「これ以上ここにいても時間の無駄だ」
「何だと!!」
その言動にさすがのサブロウタも怒った。なまじ昔のテンカワ・アキトを知らない分、彼に対する戸惑いがない。
「いいんですよ、サブロウタさん」
掴みかからんばかりのサブロウタをルリが制した。
「しかし艦長・・・」
「いいんです・・・
それよりアキトさん。一応副提督待遇ですので作戦会議には出て下さいね。」
それでもなおテンカワ・アキトを信じるルリの態度にサブロウタは従わざるを得なかった。
だが、まるでそれをあざ笑うかのようにアキトはラピスの手を握り、エリナの肩を抱き寄せた。
「ちょっと、もう、アキト君・・・人前で・・・」
アキトにもたれかけられて、エリナは恥ずかしがったがアキトはお構いなしだった。
「さぁな、エリナを代わりによこすかもしれん」
そういってアキトは二人を伴って会議室を退席した。後に残された者の唖然とした姿を残して。
「アキトさん、もう代わりの家族を見つけちゃったんだ・・・」
ユキナは思わずつぶやく。彼女にはアキトとともに部屋を出ていくエリナとラピスがかつてのユリカとルリに見えた。
アキトにとっての家族はもう、ユリカとルリではないのかもしれない。
ユキナの呟きに一同はそう思わずにはおれなかった・・・
−同・廊下−
未だにエリナの肩を抱いて帰路につくアキトは終始無言だった。そんなアキトを眺めてエリナは苦笑混じりに問いかけた。
「まったく、わざわざこんな会議に出てくるから・・・
誤解されちゃったわよ?ミスマル・ユリカとホシノ・ルリに」
「関係ない」
「・・・素直じゃないわね。
そもそもこんな会議に無理して出る必要なかったのに・・・」
「テンクウ・ケンに聞きたいことがあっただけだ」
「嘘ね。
本当はあの二人に自分の元気な姿を見せたかっただけなんでしょう?」
「・・・」
「本当にヤセ我慢の好きな人ね。
顔見せにしては時間ギリギリまで粘るから・・・ドクター、カンカンよ。
いっそのこと全部話しちゃえば?
『女の肩を借りなきゃ歩けなかった』理由を」
「・・・」
アキトが無言なのはどうもバツが悪いからだけでは無かったようだ。
だがようやく一言ポツリと呟いた。
「彼女たちを一生テンカワ・アキトの幻想に縛りつけることになってもか?」
真実を知らなければ割り切って別の人生を送れるかもしれない。でも真実を知ればそんな割り切りすら出来なくなってしまうだろう。そのぐらい彼女たちは優しいのだ。
「そうね、今のままじゃ帰りたくても帰れないものね・・・」
エリナが悲しそうにつぶやいた。
「大丈夫、姉さん達はきっとわかってくれる」
ラピスはアキトの手をぎゅっと握り返して精一杯微笑んだ。ラピスにもPrincess
of White の世界の記憶がある。その世界でラピスはルリの優しさに触れていたのだ。
「・・・」
アキトは肯定はしない。ただ苦笑するのみだった。
−再び連邦宇宙軍・大会議室−
「なんかアキト君、本当に人が変わっちゃったね。」
ヒカルの一言がみんなの心に突き刺さる。
「まぁ、あんなモノじゃないの?」
一同の感傷を撫で切りするようにサリナ・キンジョウ・ウォンがつぶやいた。
「何だと!」
「言葉の通りですよ、スバルさん」
「いいんですよ、リョーコさん」
掴みかかるリョーコにエリナ譲りの偉そうな態度で臨むサリナ。ユリカとルリが間に入ろうとするがリョーコは収まらない。
「てめぇにアキトの何がわかるんだ!
アキトはなぁ・・・アキトとユリカとルリはなぁ・・・」
「私の方がよく知ってますよ、『今の』テンカワ・アキトに関しては」
「く!!」
「人は変わるものですよ?
いつまでも過去の幻想を押しつけてあげちゃ、かわいそうでしょう・・・」
先に反論を制されてリョーコは歯ぎしりしながらその手を離さざるを得なかった。
「ミスマル・ユリカもホシノ・ルリも諦めたら?
あの人、姉さんやラピスで満足しているかもよ?」
「ちょっと、あんた!」
「だめですよ、ハルカさん・・・」
そのサリナの言葉にさすがに温厚なミナトも腹をたてて掴み寄ろうとしたが、それをテンクウ・ケンに制された。
「なんで!」
「誓いは自らの意志でたてるものです。余人の庇護の元にされるものではありません」
「でも・・・」
「我々に出来ることはただ彼女達の意志を尊重してあげることだけです。
たとえそれが他人には愚かしく見える行為でも。」
ケンは優しく諭した。ここにいるみんなに聞かせるように。
「私は・・・」
ユリカは一拍開けてはっきりした口調で答えた。
「私はアキトを信じています。
だって約束しましたから」
ユリカは心の中で思い出す。もう一つの可能性の世界でのアキトの言葉を。
『いつか必ず帰るさ。ユリカが、そしてルリちゃんが帰ってきてくると信じてくれているうちは。だって俺達は家族なんだから』
「私たちが信じなければ、アキトさんの・・・いえ私達家族の居場所はなくなるんです。
だから私もユリカさんと一緒に信じてます」
ルリも揺るぎない瞳で答えた。たぶん誰にもわからない絆・・・もう一つの、Princess
of White という世界を覚えている者たちのみがもつ絆だから。
「まぁ、私はどっちでもいいけど。」
サリナも彼女なりにユリカ達を認めたのかもしれない。
とまぁ、こんな感じで問題は山積なのだが、とりあえずはナデシコ艦隊は始動し始めたのだった。
See you next chapter...
−ポストスプリクト−
「前向きなアキトを書くんじゃなかったのか!」というツッコミはとりあえず保留しておいて下さい。(苦笑)
思わせぶりな台詞がいっぱいですが、いろいろ邪推して下さい(笑)
当面はアキトが帰って来れない理由を中心にお話が進みます。従ってユリカやルリには暫し辛い思いをしてもらうかもしれませんがご了承を。
次回からチャプター毎に登場人物を絞ってお話をまとめていきたいと思います。
では