−アバン−

さぁ、コンサートを始めましょう。
私達が「私らしく」と唄う歌を。
たとえ世界がどんなに悲壮感に包まれていても

お気楽に、朗らかに、スチャラカに
いつもの自分でいられるように
いつかみんなで唄う歌を・・・


−火星遺跡イワト・作戦室−

「当確全て取り消しだと!!」
作戦室は騒然としていた。それはそうだろう。すべて予定通り進んでいた作戦が一瞬にて白紙にまで戻ったのだから。
シンジョウは激昂して占拠予報の速報係に問いただした。
「どういう事だ!説明しろ!」
『はぁ、敵の新兵器とその・・・・説得に』
「説得だと!?」

新たなウインドウが開いて「説得」の様子が映る。
『白鳥九十九が泣いてるぞ!』
「「「「おお!!」」」」
「月臣!」
驚愕する草壁、忘れていた過去が蘇った。

『オレが白鳥九十九を暗殺したのは彼が地球のスパイだと草壁中将に教えられたからだ。
 だが、現実はどうだ!
 地球連邦の仕業にされ、ていのいい戦意高揚に利用されただけだった。
 それでも地球と木連が平和になるならばと私は全ての事実に口を紡いだ。
 なぜなら白鳥九十九は最後まで地球と木連の平和を望んでいたからだ。
 愛するものと手を取り合って平和に暮らせる世界を創る事を望んでいたからだ。
 そして我らはその遺志を継いだのではないのか!
 なのに今の現状は何だ!
 それが何ゆえ愛するテンカワ夫妻を引き離すような暴挙に出たのだ!
 それほどまでにして実現する価値が新たなる秩序に存在するのか!
 否、違う。
 実現されるのは唯の草壁中将個人の正義だ!
 我々の・・・白鳥九十九の願っていた正義ではない!
 今一度思い出せ!あの日白鳥九十九に誓った想いは偽りなのかどうかを!
 木連と地球の勇者諸君よ、武器を納めよ!』

「月臣中佐だ!」
「生きていたぞ!」

「あいつ・・・なぜ今頃」
草壁がそのつぶやきを反芻するまもなく事態は彼らの予想のつかない方向へ推移していた。

「ボソン反応!戦艦クラスです!!」
通信士の混乱した叫び声が聞こえた。
火星極冠遺跡直上にボース粒子のキラメキが現れた。それは徐々に戦艦の形を成している。
そう、機動戦艦ナデシコCだった・・・


−火星極冠遺跡上空−

実体化しながらナデシコCはナセルを開いて戦闘体制に移行していた。
哨戒機であるステルンクーゲルがナデシコの姿を確認するために周囲を旋回した。
『UE SPACY NC996C NADESICO』
刻まれたエンブレムは確かに連邦宇宙軍のナデシコだった。

「ナデシコだと!バカな!」
だが、驚くのは早かった!

『お休み!』
『封印!』
『停止します!』
『使っちゃダメ!』

ありとあらゆる火星の後継者達の機器にユリカとハーリーとオモイカネのイラスト付きでメッセージが表示されていったのだ・・・


−ナデシコC・ブリッジ−

「相転移エンジン、異常なし」
「艦内、警戒態勢パターンBに移行して下さい」

ミナトとユキナの報告に満足そうに頷くユリカ。
そのユリカはハーリーとともにウインドウボールに包まれたワンマンオペレーション用のシートに座っていた。今回は既にシステム統括モード、加えて妖精モード全開だった。

まず、システム掌握第一段として遺跡直上に護衛艦隊のシステム掌握にかかった。
如何にナデシコCのシステム掌握が絶大だといっても物理攻撃に対しては為すすべもない。従って直ちに攻撃される可能性のある船舶を最優先に掌握したのだ。

「遺跡直上の船舶は押さえました。
 ハーリー君は付近の機動兵器とその他諸々にかかって下さい。
 数が多いけどがんばって!」
「了解!でも艦長は?」
「私は遺跡のボソンジャンプ管理システムの掌握にかかります!」
ユリカの顔にさらなるナノマシーンのパターンが浮かび上がる。髪の毛は宙を漂い体自体がほのかに光ってる。まるで妖精の様だった。



Chapter16 妖精達の賛歌



−火星極冠遺跡上空−

掌握されていった護衛の機動兵器達は次々と重力制御が切れたかのように地表に着地していった。
『こら!勝手に持ち場を離れるな!』
「離れたのではない!機体が勝手に・・・」
『お休み!』
『「わ!!」』
このステルンクーゲルも封印されてしまった。

統合軍から寝返った戦艦いざよいでも全てのコンソールが封印されてしまっていた。

ほぼ極冠付近のシステムはナデシコCに掌握されていた。ここまではおおむね予定通りと言えるだろう。だが、一ヶ所予定通りに進んでいないところがあった。


−火星遺跡イワト・ジャンプシステム管理室−

「ファイアーウォール13番まで突破されました!」
「焦るな!まだ20番まである!抗体を急げ!」
ジャンプシステムだけはまだ掌握できていなかった・・・


−ナデシコC−

ユリカは焦っていた。
別にユリカの能力が劣っていたわけではない。多分ハーリーが全力で掌握にかかっていても同じよう状態だろう。
問題は敵システムのセキュリティーが異様に高かったのだ。それも技術的に高度なものではなくセキュリティーの量がべらぼうに多かったのだ。
むしろこの時間で13番まで突破している事自体十分優秀だっただろう。

「もう、実際のポートはどこにあるのよ!!」
そう言いながらようやく15番のウォールを突破していた・・・。

火星の後継者の唯一にして最大の戦術上の利点、それがアキトと遺跡を融合したジャンプシステムである。これがある以上、火星の後継者達はいかような戦術でもとれる。
例えばかつて木連が使用していたボソン砲がそれだ。
爆弾・・・手段さえ選ばなければ核弾頭ですら好きな所に送りつけられる。主要施設に送りつければ早期に地球圏の政治経済を粉砕できたろう。
ただそれを最初からしなかったのは目的の為に手段を選んだという事であろうが、アキト達にした仕打ちを考えると中途半端としかいいようがない。

だから、最優先で掌握しなければいけない施設であり、ユリカが全ての精力を注いでも掌握しなければいけなかったのだ。

「もうちょっとで・・・」
ユリカは何とか19番まで突破を図っていた。だが、最後に繋ぐべき通信ポートを探るのが難航していた。敵はアクセスポートを乱数を使って短時間のうちに次々と変更していた。それを捕まえるのに難航していたのだ。


−火星遺跡イワト・ジャンプシステム管理室−

「ドクター、ポート接続をかわしきれません!」
「繋げさせてあげなさい」
「「「え!?」」」
ヤマザキは苦もなく答える。驚いたのはタカハシや他のオペレータだった。

「ダミーの領域があったでしょ?あちらに誘導してあげましょう。
 せいぜいダミー領域の迷路で遊んでもらいましょう。
 そのうちにこちらからも反撃させて頂きます」
ヤマザキは前回のアマテラスの際に敵からのハッキング攻勢の可能性を察知していたのだ。


−ナデシコC−

「なにこれ!!」
接続した先はまるで迷路のような自我領域だったのだ。
焦れば焦るほど自我領域の迷路にはまり込むユリカだった。
まんまとヤマザキの思惑にハマったといえる。

『敵からの自我接触が開始されました!』
「ええ!!」
オモイカネのウインドウが開いて警告する。
こちらからコネクションをしたという事は相手からもコネクション出来ることを意味する。ハッキングによる攻撃は諸刃の刃なのだ。
敵にこちらの居場所を悟られる手がかりも、それを探る時間も与えずにオペレーションを完了しなければならない。その意味でユリカの失態は大きい。

迷路に迷いながら責めるべき敵を探し、なおかつ敵からの攻撃を防ぐのには初心者のユリカには少々辛かった。徐々に受けに回って敵システムの掌握どころではなくなってきていた。

オモイカネの示す制圧グラフは7:3から8:2に代わりつつあった。
既にジリ貧だった・・・。


−火星遺跡イワト・ジャンプシステム管理室−

「さて、もうすぐこちらが敵システムを掌握する。
 念の為にボソン砲の用意を」
ヤマザキは既に勝利を確信していた・・・。


−ナデシコC−

「艦長!加勢しましょうか!!」
「ダメ!ハーリー君は敵戦艦の掌握維持に専念して!」
ハーリーに今までシステム掌握した船舶のコネクションを放り出されれば、後は実世界での物理的な戦闘となる。そうなったらその時点でアウトだ。
それだけは譲れなかった。
「遺跡のボース粒子反応増大!!」
「ええ!!」
ユキナの報告に焦るユリカ。敵がボソン砲を打ち込むつもりなのは明らかだった。
それを防ぐには一刻も早く敵システムを掌握しなければいけない。だがそれは現状では絶望的に遠かった。

『ごめん!ルリちゃん!
 せっかく託してくれたのに頑張れなかった!!』
ユリカはその瞬間諦めかけた。
だが彼女の信じた道は間違っていなかったのだ。

『すみません、遅れまして』
『おや、ルリさん、お久しぶり』
「え?」
匿名希望のウインドウがCHAT Onlyで開いたのだ。オモイカネがうれしそうに挨拶する。

次の瞬間、敵に表示されているお休みウインドウのハーリーとユリカのイラストが全てルリのイラストに切り替わったのだ!
オモイカネの示す制圧グラフは9:1から0:10に一瞬で切り替わった。


−火星遺跡イワト・ジャンプシステム管理室−

『残念でした』
『甘いですね』
『ここは私の遊び場だったんですよ』
さまざまなウインドウがヤマザキの周りをからかうかのように飛び回る。
「システムを乗っ取られた・・・妖精!?」
ヤマザキは逆転負けしてしまった理由を思い至った。
妖精=ホシノ・ルリ、過去に散々実験台となった彼女にとってここのシステムは知りつくした存在なのだ。


−ナデシコC−

「ルリちゃん・・・なの?」
『遅れてすみません。遺跡システムを掌握するにはどうしてもユリカさんのシートからポートを繋いでもらわないと、こちらからは繋ぐ事が出来なかったので。』
ルリが渡したアクセスツールにバックドアが仕込まれていたのは、何もナデシコCをどうこうするつもりだったのではなく、いざとなったら自分が電子戦に加勢するつもりだったからなのだ。

「助けてくれるの・・・ルリちゃん?」
『危なっかしくて見ていられませんから』
「ありがとう・・・」
文字だけの会話だったがユリカにはルリの気持ちが伝わって来た。

「ハーリー君、ナデシコCの制御と今まで繋いだコネクションを全てあなたに預けます」
「ええ!周辺の船舶だけじゃないんですか!?」
「ダメ!私とルリちゃんでこれから火星宙域全体の掌握にかかります。そんなところまでカバー出来ません」
「ええ!?」
情けない声を出すハーリー。だが、元は全部自分でやるつもりだったんだろう?

「ハーリー君、ガンバレ!」
「え、ミナトさん?」
「甘えた分だけ男になれよ!」
ミナトは優しく諭すのだった・・・

「よし、ルリちゃん行くわよ!」
『ハイ』
かくして妖精達は高らかに歌った。全てのモノを自分達の色に染め上げる為に・・・


−ナデシコC・ジャンプコントロール室−

火星極冠遺跡はもちろん、掌握範囲は火星全域そして火星宙域すら覆い尽くしていった。
「かくして火星宙域全域は艦長とルリちゃんにシステムを掌握された・・・」
『さすがルリさん byオモイカネ』

イネスはナビゲーションシートにて感慨深げにその様子を見つめていた。
「どうだ、体の調子は?」
ウリバタケがコントロールユニットの動作を確認しながらイネスを気遣った。
「さすがに戦艦1隻を地球から火星にまで跳ばすのには堪えたわね・・・」
「そうか・・・」
「年・・・だからじゃないわよ」
「・・・誰かに言われたのか?」
「いえ」
バツが悪いのかごまかすイネス。と、冗談はさておき
「・・・新たなる秩序か・・・」
イネスは苦笑する。確かにボソンジャンプをこんな風に使用されれば新たなる秩序なるものを信用してみたくなるかもしれない。


−火星遺跡イワト・作戦室−

『皆さん、こんにちわ
 私は地球連合宇宙軍所属ナデシコC艦長のテンカワ・ミスマル・ユリカです。
 元木連中将草壁春樹、貴方を逮捕します。』
「黙れ!魔女め!」
「我々は負けない」
「徹底抗戦だ!」
作戦室に堂々とウインドウにて逮捕を宣言したユリカに彼らは次々に毒づいた。

「我々は貴君の作戦に負けたのだ。
 我々の正義が負けたのではない!
 貴君に我らの正義を覆すだけの正義があるのか!」
草壁は問うたのだ。彼女に自分達の大義を覆すだけの正義があるのか?
ナデシコが唯の権力の犬かどうかを


−ナデシコC−

ナデシコのクルーは固唾を呑んでユリカを見守った。彼女の「私らしく」は唯の私怨なのかどうかという事を。

「違いますよ、中将。あなたの正義は私の正義に負けたんですよ。」
ユリカは静かに言った。きっぱりとそう断言して。

『何だと!時空転移は危険なテクノロジーだ。
 正義を持った誰かが厳格に管理しなければ世界は破滅へと転がる。
 それを野放しにしてもよいという貴君の正義のどこに負けるというのか!』
「あなたの正義が私の正義を排除しようとしたからですよ」
『なに!』
草壁の主張にユリカは静かに答えた。

「異なる正義があればそれを突き合わせてこそ、そこに優劣が存在します。
 どちらの正義が両者をより幸福にするのか・・・という意味でね。
 ですが、互いが相手を排除することしかしない正義にはそれが存在しないんですよ」

ミナトが、ユキナが、そして他のクルーが互いを見合う。かつての火星会戦の事を思い出した。

『悪の帝国は滅びるべき!そして正義はたった一つ!我々の側にある!』
かつての草壁のセリフだった。
その顛末が白鳥九十九の暗殺、味方ですら暗殺してしまう正義という名の論理。

「相手の主張を排除するしか存在し得ない正義は、結局相手そのものを排除するしか存在し得ません。
 そこに正義の優劣なんか必要ありません。
 如何に相手を排除するか、その戦略、戦術の優劣だけが問題になります。
 そしてあなたの戦術よりも私の戦術が勝ったんです。
 だから私の正義が勝ったんです」

ユリカの言う論理は非常識だろうか?
いや違う。
例えば平和
平和はほおっておいても達成されるわけはない。平和を乱すにたる正義もまた一方で存在する。だから平和という正義を覆されないだけの維持戦力として警察が、軍隊が必要なのである。無論、誰の正義を守るかは別の問題だが。

「私の正義はただアキトとルリちゃんと三人で慎ましくても仲良く暮らす事です。
 それだけなんですよ。
 でも、そんな正義でも私にとっては命をかけるに足る正義なんです。
 あなた達の敗因は互いの正義を擦り合わせようとしなかった事です」

なにもユリカの正義が唯一無比のモノだとは言っていない。正義はそれを成す方法まで含めて一つの正義なのである。他人の正義を受け入れることも、そして他人の正義を排除することも。
彼らは相手の正義を否定し、武力によって自らの正義を成そうとした。だから彼らの正義の正当性は武力によって否定されるのもまた然りなのである。

草壁はずっと押し黙った上でたった一言だけ語った。
「・・・部下の安全は保証してもらいたい」
戦う事でしか正義を貫けなかった男のそれが結末だった・・・。

ここに第一次火星極冠事変は終結したのだった。
だが全ての人に幕が下りたわけではなかった。
そう、例えば・・・

「ボソン反応七つ!!」
ユキナの報告に一同ざわめく。敵は全て掌握している。そして味方がボソンアウトしてくるわけはない。とすれば?
そう、ここに現れなかったあの者達・・・狂犬北辰・・・

「艦長!」
ミナトがたまらず叫ぶ。
「かまいません」
「「「「ええ!」」」」
だが、ユリカはそれが至極当然かのように答えた。それは一同を驚かせるに十分だった

「あの子に任せます。
 それに・・・」
と言ってユリカは手元に開いていたウインドウをみんなに見せた

『我が侭を言ってすみません。あれは私の獲物です』

「ルリちゃんにあの機体の掌握を封じられてますから。」
そう、ユリカのアクセスツールにルリが仕込んだ罠、というか多分こちらが本当の目的だったのだろう。ここまでは宿敵北辰との最後の決着を邪魔されない為の演出だったのだ。


−火星極冠外周−

ボソンアウトしてきた7体の機体、夜天光と6機の六連達だった。
火星の氷原帯を低空飛行で進む彼ら。
『隊長、よろしいのですか?』
六人衆の内の一人が聞く。自分達が敵にシステム掌握されていない理由は定かではないが、今さら体勢は覆らないだろう。が、最後の望みとしてナデシコCの破壊にやって来た。
北辰はその問いにこう答えた。

「ボソンジャンプは両刃の剣だ。
 アマテラスを沈めたとき、我々の勝ちは五分と五分
 だが敵側にA級ジャンパーがいたという時点で・・・」
自分たちの優位点はボソンジャンプの技術ただ一点のみ。人材、技術、情報そして大義名分とそのどれもネルガルと宇宙軍には勝ってはいなかったのだ。
そしてボソンジャンプ。それはたとえどんなに技術的に優位に立とうともたった一人のA級ジャンパーにて覆る。なぜなら彼らは真の「MARTIAN SUCCESSOR」なのだ。
だからたとえ非道であろうとも暗殺も含めて全てを自分たちが確保しなくてはいけなかったのだ。
それが出来なかった時点で既に彼らは負けていたと言える。

「さて、終幕の前の座興だ。楽しもう」
『どういうことですか・・・あ!』

ボース粒子増大・・・

彼らの眼前にボソンのキラメキとともに何者かがジャンプアウトしてきた。

ラピスの駆る戦艦ユーチャリス、そしてホシノ・ルリが駆るホワイトサレナが現われたのだ。

妖精達の賛歌は・・・まだ・・・終わらない!


See you last chapter...


−ポストスプリクト−

さて、次回がいよいよ最終話です。
どんな結末になるか、こうご期待!っというわけで後しばしお付き合い下さい

では



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