−アバン−
過去の「オモイデ」、それはいつかは卒業しなければいけないもの。
モラトリアムはその夜でおしまい。
明日からは前を向いて歩かなければならない。
たとえどんな現実に対峙しようとも、
「オモイデ」はきっと「耐える力」を与えてくれるはずだから・・・
−連邦宇宙軍・地下施設エレベータ−
ガラガラと扉の閉まるエレベータにハーリーとサブロウタが乗っていた。
特にハーリーは宇宙開発黎明期の宇宙服のような服を着ていた。
静かに下降していくエレベータ、ただそれが普通と違うのは下っていくメートル数が3桁を数えているからだ。
「よ、昨日は眠れたか?マキビ少尉」
「ええ、ぐっすり」
「それで、昨日はどうだったんだ?」
「は?何がですか」
「またまた呆けちゃって。
知ってるんだよ。昨日艦長の部屋に泊っただろう、お前」
「な、何でそれを・・・」
やたらと情報の早いサブロウタだが、タネを明かせば理由は簡単。
今朝、ユリカが直々にサブロウタにハーリーの護衛をお願いしに来たのだ。
「ふふふ・・・で、優しくしてくれたのか?」
「ええ・・・まぁ!」
「おお!言うねぇ!」
既に出歯亀モードに入っているサブロウタ。
「フルーツ牛乳御馳走になって・・・」
「それからそれから?」
「手を繋いで寝ました。」
「はぁ?」
まぁ、お子様二人に期待するサブロウタも悪いのだが・・・。
−なぜなにナデシコ・お墓参り編?−
こんにちは、私ラピス。
姉さんはお出かけ中、私が代わりにやる。
姉さんはお墓参りに行っている。でもお墓参りって何?
オモイカネお願い、教えて
「説明しましょう!」
あなた誰?
「ラピスちゃんは人が死ぬという概念を知りません。
だからそれに付随するお墓に葬られる、お墓参りという概念が欠落しているようね」
だから誰?
「人が死んだら入る場所、それがお墓。
そしてその人を偲ぶために年に一回、親しい人がお墓を訪れてお祈りをするの」
なんで?そんな場所に入ったら寒いし、一人じゃ寂しい
「そういうことを感じなくなるのが、『死』なのよ。
貴方も死に『恐怖』ではなく『悲しみ』を感じるようになればわかるわよ」
よくわからなかったけど、・・・と言うことだそうだ。
で?あなた一体誰?
「私が初代お姉さんよ。じゃ、私は月に行くので」
だそうです。じゃ、次回まで
−連邦宇宙軍地下ジャンプ実験ドーム−
「時間がない、急ぎましょう」
着いた先、そこは宇宙軍のジャンプ研究施設、迎えに来たのは研究所の責任者タキ博士であった。
巨大な実験施設を悠長に見物する暇もなく3人はジャンプ施設へ入っていった。
「システム起動、異常なし」
「ジャンパー脈拍、体温共に異常なし」
そこは実験室のブース内、各技術者達が最終準備に余念がなかった。
「マキビ少尉。どうかね、調子は?」
タキ博士がガラス越しに、ジャンプフィールドに立つハーリーに話しかけた。サブロウタはフィールド中心にいるハーリーを見やって笑っていた。無論ハーリーの格好を、である。
「いやぁ、何か操り人形になったみたいで・・・」
先程の服からやたら沢山のコードが繋がっていた。ハーリーはそれを評してそういったのだ。
「ははは。それはジャンプ直前までの君の体組織や精神の状態をトレースするものなんだ。我慢してくれ。」
「はーい」
素直に答えるハーリー。
「ハーリー、月で会おうぜ!」
「はい!」
サブロウタの見送りに答えるハーリー。その側にもう一人のジャンパーが歩み寄ってきた。
「ナビゲータ、サークル中心位置へ到達」
「クリスタル活性化開始します」
徐々にジャンプサークルが活性化しだしている。
「よろしくお願いします。マキビ・ハリです」
「よろしくね」
ハーリーは自分をナビゲートしてくれる女性を見やって挨拶した。
「あのー。A級ジャンパーの方にお会いするのは初めてです。
あ・・・うちの艦長って生体ジャンパーだから初めてじゃないか・・・
でもA級ジャンパーって呼べるのかな?」
「ふふふ、まぁ詳しい話は月に着いてからしましょうか。
行き先のイメージは私が行います。君はただ気を楽にして
楽しいこと、嬉しいこと、何でもいいの。とにかくリラックスして」
やさしい女性でよかった。そう思ってハーリーはリラックス出来た。
「リラックス、リラックス・・・」
昨日の艦長、今朝のサブロウタさん、その他ナデシコに乗ってからの楽しかったこと・・・
ハーリーの心を表わすかのように順調にジャンプサークルは活性化していった。
「ジャンパーとナビゲータのマインドシンクロナイズ順調!」
「ボソン変換値上昇。いつでも跳べます」
「よし、ハーリー行ってこい!!」
サブロウタのかけ声とともにフェルミオン変換は最高潮に達した。
「よし、マキビ君行くよ!!」
「はい!」
その瞬間、二人は光の洪水の中に消えていった・・・
−秩父山中のとある墓地−
寺院への山門に喪服に身を包んだユリカとミナトがやってきていた。
ふとユリカは足を止めて見えないはずの月を眺めていた。
「どうしたの?艦長」
「ハーリー君が月に跳んだ頃だなぁと思って」
「だからお見送りしてあげようって言ったのに」
「サブロウタさんに道中をお願いしていますし」
「サブロウタさんってあの元木連の人?」
「ええ、白鳥さんと同じ優人部隊の人だからお強いですよ。お父様はボディーガードのつもりだったんでしょうけど」
あえて九十九の名前を出して苦笑するユリカ。ミナトもつられて苦笑する。がユリカのその顔はどこか寂しげだった。
「・・・それにジンクスがありますから」
「ジンクス?」
といってすぐにミナトは諒解した。新婚旅行当日の事を言っているのだ。
「意地っ張り・・・」
そこまで自分を責めることはないのに・・・ミナトは少し悲しかった。
−イネスの墓前−
「そういえば三回忌でしたね」
「ルリ・・・ルリ?」
ミナトが思わず手にしていた桶を取り落とした。
イネス・フレサンジュの墓の前に立っていたのはパールシルバーのツインテールヘアーに白いマントを羽織り、黒いバイザーをした少女がだった。
Princess of White・・・白百合ことホシノ・ルリであった・・・
Chapter11 三回忌
−再びイネスの墓前−
イネスの墓に添えられる花束とお線香。
三人とも手を合わせて黙祷する。
「もっと早く気付くべきだったわ」
「え?」
唐突にユリカが呟いた。
「あの時死んだり行方不明になったのはアキトやルリちゃん達ばかりじゃなかった。ボソンジャンプのA級ジャンパー、遺跡にイメージを伝えられる人、ナビゲータ。
みんな火星の後継者達に誘拐されていたのね」
バサバサバサ!!
カラスがその不吉な発言を恐れるが如く一斉に飛立った。
「え?誘拐!?」
「・・・」
ルリの無言がその回答であった。ミナトには少し荷が重く気の毒な話であった。
「この二年間、ルリちゃん達の身にどんなことが起こっていたのかわからないけど・・・」
「知らないほうが良いですよ。一ヶ月ぐらい人間不信に陥る事請け合いですから。」
飄々としていながらどこか冷たい、そう、出会った頃のルリの口調・・・
「私も想像したくもないわ。でも・・・
どうして教えてくれなかったの?
生きていることを。」
幾ばくかの無言・・・
「教える必要が無かったので。」
「そうなんだ・・・」
別に答えを期待したわけじゃない。でもルリとの家族の絆がこの程度だったのが堪えた。
パチン!!
ルリの頬が赤かった。ミナトの平手はさして強くなかったと思う。でもそれよりも想いが強かったからか?
「謝んなさい、ルリルリ!謝って!!
艦長があなた達のことどれだけ心配していたと思っているの!
一時は失語症にまでなったのよ!
それなのに・・・」
ミナトの罵声を甘んじて無言で受けていたルリ。だが、次の瞬間それはイッキに動に転じた。
シャキン!!
「へ?ルリルリ・・・?」
ミナトの鼻先へ突きつけられたサーベルの刃先。ほとんど予備動作を見せなかったルリの抜刀だった。しかし、刃先はゆっくりと方向を変えてミナトの方から在らぬ向きへ位置を変えた。
その先にいた者とは・・・
シャリン・・・
「迂闊なり、ホシノ・ルリ!」
そう、狂犬北辰だった。
「我々と一緒に来てもらおうか!」
北辰のその言葉と共に後ろから彼の影「六人衆」が現れた。
「何、あれ?」
ミナトの疑問に答える間もなく、ルリは次の行動に移った。
ブン!!
サーベルを振りかぶる!
と同時に発せられるデストーションフィールドの衝撃波!!
が、それは北辰の手前で弾かれるように消滅した。
ブン!ブン!かまわずルリは乱撃する。
その衝撃波も北辰の手前でむなしく霧散する。
都合10発目にサーベルがエネルギー切れのサインを出すと同時に素早くサーベルの柄からバッテリーをイジェクトして予備のバッテリーを素早く装填するルリ。
「あなた達には関係ありません。ちゃっちゃと逃げちゃって下さい」
再びサーベルを構えつつルリが警告を発したがユリカはさばさばしたように答えた。
「こういう場合は逃げるとろくな目に会いません。」
「そうよねぇ〜」
苦笑混じりに肯くミナト。
「女は?」
「殺せ。」
「小娘は?」
「あ奴は捕らえよ。」
当人は小娘と賞されてご立腹であった。隣の女性とともに。
「翻訳機のつがい、『 MARTIAN SUCCESSOR 』
抜かったわ。火星での経歴を奇麗に抹消してあった。
ミスマルめ、よほど娘が可愛かったと見える。」
北辰の瞳がユリカを捕らえた。
シャリーン・・・
遺跡と結合されたテンカワ・アキト・・・
「汝は我が結社のラボにて栄光ある研究の礎となるがよい」
シャリーン・・・
遺跡と結合されたミスマル・ユリカ・・・
「あなた達ですね!アキト達A級ジャンパーの人達を誘拐した実行部隊は」
「そうだ」
苦もないその返答にユリカの怒りが膨らむ。
「我々は火星の後継者の影、人にして人の道を外れたる外道」
「「「「「「全ては新たなる秩序の為!!!」」」」」」
北辰と六人衆はそう言いきった。
理想、正義という美名のものに行われる非道。
だが非道は非道、決して免罪符などありはしないのに・・・
「ハハハ!!」
「何!」
「新たなる秩序、笑止!!」
その声が彼女たちの思いを代弁した。
「何!!」
北辰達が振り向いた先、そこに立っていた人物とは・・・
「確かに混沌の果てにこそ新たなる秩序は生まれる。
それ故に産みの苦しみ味わうは必然
しかし!草壁に徳なし!」
「ええ!」
ミナトが驚く。無理もない。彼女とも因縁深い相手だ。
「月臣元一郎、木星を売った裏切り者がよく言う」
「そう、友を裏切り、祖国を裏切り、今はネルガルの犬。
なれど所詮、草壁の徳で生まれる輩などオレや北辰、お前のような男しかいないのだよ」
共に草壁の理想に魅せられた者たち、そして狂わされた者たち・・・
「ホシノ・ルリとミスマル・ユリカ、この二つの餌に飛びつかないはずはないと思ったよ。」
その月臣のセリフと同時に隠れていたネルガルのシークレットサービスの黒服達が一斉に墓の影から現れだした。優に一個中隊分があろうか?
十重二十重に周りを取り囲み、銃や太刀を構えて北辰達を決して逃さぬ構えを見せていた。
「隊長!」
「慌てるな・・・」
部下達を制する北辰
「ホシノ・ルリにこだわり過ぎたのが仇となったな!北辰」
月臣のそのセリフにも余裕の北辰
「え?ええ?」
既に傍観者に等しいユリカやルリ、ミナトである。特にミナトなどはあまりの事態の展開について行っていない。あまつさえ・・・
ガコン!!
「久しぶりだな、ミナト」
「そ、そうねぇ・・・」
とイネスの墓石を割って現れたゴートに挨拶された日にはもう「どうにでもして!」ってな感じとならざるを得ないだろう。
「ここは死者が眠る穏やかなるべき場所。
おとなしく投降しろ、北辰」
月臣の静かな口調、だがその威圧感は凄まじい。
「しない場合は?」
「地獄へ行け。」
北辰のするつもりもない質問に、月臣は即答した。そして周りのシークレット達は即座に引き金を引き絞りほんのわずかの動きでも発砲する構えをとった。
「出来るか?」
巧みに月臣、いや周りのシークレット達を挑発しておいて攻撃させない理由を作り上げる北辰。
「烈風!!」
「おう!!」
ホンの小手調べ・・・とでも言いたげに北辰が命ずると六人衆の一人が太刀と小太刀を構えながら月臣めがけて突進していった。
「チェストォォォォォ!!」
疾走するスピードをのせながら抜刀動作から「突き」を放つ神速の抜刀術である。普通であればかわせるものではない。が、相手が悪かった。
バチン!!!
最後の突きを繰り出す瞬間、月臣は踏み込みつつも突きをかわし、相手の勢いを利用しつつ顔面に掌撃をたたき込んだ。木連式柔「水葉」、烈風の返し技である。
「木連式抜刀術は暗殺剣にあらず」
みしみしと男の頭蓋を軋ませながら月臣は迷いもなく告げた。自分の学んだ武術を汚されている憤りで一杯だった。
ブン!!
既に気絶した男を月臣は頭蓋を掴んだまま片手で北辰達の元に投げ返した。
「うっそぉ〜!」
ミナトは驚きを隠せない。『月臣って結構強かったのね・・・』と。だが、それを知らずに白鳥九十九と付き合っていたの?
「木連式柔・・・師範は皆伝を極めています。抜刀術で返せない技はありません」
「「え?」」
ルリがぼそっとその強さの理由をつぶやいた。
「邪なりし剣、我が柔には勝てぬ。」
月臣がもう一度警告する。これが最後の情けだった、いやそのつもりだった・・・
「北辰、投稿しろ」
「跳躍・・・」
突然、その言葉と共に北辰達の周りにジャンプフィールドが発生しだした。
北辰のプロテクタ内に装備したCCが起動を始めたのだ。
北辰達はフィールドの光に包まれていった。
「なに?」
「ボソンジャンプ!?」
ゴートが叫んだ時には既に時は遅い。
近づけばジャンプに巻き込まれる。不用意にジャンプに巻き込まれればどこに跳ぶかわからない。ましてやジャンパーでなければ命の保証もない。
反対に遠くから射掛けてもフィールドに阻まれる。
「ハハハハ!」
顔にナノパターンを浮かばせながら高笑いをする北辰。
「ホシノ・ルリ、また会おう!」
その言葉と共に光を伴ったフィールドは消え去った。同時に北辰達も・・・
−連邦宇宙軍・地下施設−
「ねぇ日々平穏ってお店、どこ?」
「はぁ?」
帰り道、ラピスに道を聞かれて戸惑うサブロウタだった・・・
−再び墓地−
「A班はそのまま警戒態勢の続行
それ以外は付近に奴らが潜んでないか確認しつつ撤収」
ゴートが撤収の指揮を出す中、ユリカ達はただ完璧に蚊帳の外に追いやられてしまったため、呆然としていた。
「A級ジャンパーでもないのに、単独のボソンジャンプ・・・」
そう、北辰は木星生まれ。A級ジャンパーは火星出身者以外にはいないはずなのだ。
「彼らはアキトさんを落としました。」
「え?」
ルリの言葉に慌てて振り返るユリカ。
「すみません。あなた方を囮に使ってしまって。時間がなかったので彼らを誘き出すのに利用させていただきました。」
「別にそれはいいけど・・・今のどう言う事?」
ユリカは尋ねる。
「アキトさんを利用して遺跡をコントロールする術を見つけた・・・という事です。
これで草壁中将も大攻勢をかけられます。ま、一両日中がヤマですね。
だから・・・」
「だから?」
ユリカはルリの言葉を待った。
「ユリカさん。あなたに渡しておきたいものがあります」
それはルリなりのユリカへの別れの挨拶であった・・・。
See you next chapter...
−ポストスプリクト−
と言うわけで、お墓のシーン前半の終了です。やりたかったシーンその1ということでチャンバラをするルリっていうのはどうでしたでしょう?
でも月臣と北辰のやりとりって難しいですねぇ。映像なら映えるんでしょうけど小説だと表現が難しくて全て忠実にやろうとしてかえってダルかったかも。
さて、次回はこの物語のキモの回ですので頑張ります。
後は与太話ですが、何ゆえラピスは宇宙軍にいたのか?
理由は単純で、ルリがイネスを宇宙軍へ警護していった際に一緒についてきたラピスを預けていったからです。
なぜか私のイメージではラピスってフレームの端っこでチョコチョコやっているっていうイメージなんですよね(笑)
では次回で。