−アバン−
別に過去を忘れるわけじゃないけれど、
私たちは今の時間、今の仲間、今の居場所で生きている。
自分の本当の居場所はここじゃないなんてくすぶっていてもそれは唯の幻想。
本当の居場所なんてどこにもない。
ただみんな「そこ」に必死にしがみついているだけなのだから
だから、過去の居場所ばかり見ていても仕方ない。
−火星極冠遺跡・次元跳躍研究所−
「何がどうなっているんだ!」
「イメージ伝達率が下がっています!」
「ノイズが大きすぎます!」
「どうしようもないのか!」
「ナビゲータのイメージングを中止しろ!」
「メインシステムに自我イメージ逆流!!」
全てのウインドウが「YURIKA」で埋めつくされた。
「うわ!またかよ」
「やべ、おれファイルセーブしてない!」
「回路を落とせ・・・って落とせない!!!」
「電源引っこ抜け!」
研究所はごった返していた。
あれからジャンプシステムの制御は全く成功していなかった。
ヤマザキ博士らは混乱した現場にやってきた。
「あいかわらず御機嫌斜めですねぇ、うちの王子様は」
「ま、お姫様と引き離されれば気難しくもなるでしょう・・・って」
ヤマザキはふと気がついた。
遺跡に張りついたアキトの姿に
「ほう」
「ああ、あのままじゃ味気ないってことで」
腰には布を巻き、頭には茨の冠。
まるでキリストの像のように飾ったアキトの姿である。
「遊び心っていうか・・・本物の神様がいたら天罰でも下るんでしょうが・・・」
「まぁ、神様に喧嘩を売っている僕たちにはちょうどいいんじゃない?」
所詮、彼らにとって草壁の言う正義などどうでもよいのだ。
ただ、宇宙の真理を解き明かしてみたかったのだ。
Chapter9 火星の後継者
−なぜなにナデシコ・火星の後継者編−
こんにちは、白百合です。
今回のなぜなにナデシコは火星の後継者さん達の台所事情のお話です。
アマテラス襲撃の件で多少見切り発車のところもありますが、彼らは概ね好調なスタートを切ったといえます。しかし、あまり安穏としていられないのも現実でした。
現状では「ボソンジャンプによる新たなる秩序」という理想のみでようやく組織としてのモチベーションを高めているのが偽らざる現実であり、そのボソンジャンプの完全なコントロールは達成されていない模様です。
ボソンジャンプのコントロールが完成されていれば多少の敗戦は問題ないんですが。
問題は何よりスポンサーの件です。
最大のスポンサーであるクリムゾングループはそれまでネルガルがほぼ独占していたボソンジャンプの技術が喉から手が出るほど欲しがっていました。
ヒサゴプランという組織を手中に収めただけでは独占には至りません。
任意の座標へのボソンジャンプが出来て初めて政治、経済を独占できる事になります。
ですが、クリムゾンにはその基盤がありませんでした。
テクノロジー、資源(CC)、人材(テンカワ・アキト、イネス・フレサンジュら)のめぼしいリソースは全てネルガルに押さえられていました。
彼らがネルガルに先んじるには元木連の技術・・・特にイリーガルな方法を行える火星の後継者達の力を借りねばならなかったというわけです。
もっとも、それは国家の反逆者にならずに済む、という前提がなければこの話は成り立ちません。つまりは火星の後継者達に勝機がなくなればいつでも見捨てるという意味です。
従って現状では火星の後継者達はジャンプシステムの開発と拠点の防衛に必死というわけです。月までナデシコCを潰しにいく余力が残っていればよかったんですけどねぇ・・・
ちなみに、今回は火星の後継者さん達オンリーのお話しです。
ユリカさんたちも私も登場しませんのであしからず。
まぁ、むさ苦しいオジサン達ばかりですけど我慢してくださいね。
では
−ターミナルコロニー・サクヤ攻防戦−
火星に至るヒサゴプランの最重要拠点、コロニー・サクヤ。
ここでは統合軍と火星の後継者達の激しい戦闘が繰り広げられていた。
反乱騒ぎのせいで混迷を極めているとはいえ、そこ腐っても地球圏最大の軍隊である。統合軍が本気で物量を投入すれば火星の後継者達を圧倒することは容易かった。
無論、火星の後継者達にとってもこの一戦は重要だった。
決起して初の大規模な戦闘であり、敗北は盛り上がっている士気を一気に失う可能性がある。
というわけで、ここを奪われると一足飛びに火星までボソンジャンプされてしまうわけで、戦略的にも窮地に追い込まれることになり彼らも最大の防衛線を引いていた。
「各員、現状を死守せよ。援軍は必ず来る!!」
だが、火星の後継者サクヤ司令室の守備隊長の指揮の様子からしても、多分に分が悪いのは明白だった。
戦闘は既に砲艦からのグラビティーブラストの撃ち合いから機動兵器による制空権争いに移っていた。
統合軍の双胴戦艦より虎の子のステルンクーゲル部隊の3個大隊が出撃した。
この時点で勝敗はほぼ決していたといえる。
「敵の損耗率50%、我が軍の損耗率3%」
オペレータの被害報告が示すように、統合軍の第3艦隊旗艦「ゆきまちづき」の作戦パネルにはほぼ包囲網が完成しつつある様子が映されていた。
「第5艦隊が先程クシナダを落としたそうです」
「よし、こちらも降伏勧告を出せ!」
だが、それは艦への衝撃で打ち消された。
「機関部に被弾!!」
「なに!」
「艦隊背面からの機動兵器による攻撃です」
「後方の索敵部隊は何をしていた!」
「ボソン反応です。長距離からのボソンジャンプです」
レーダー圏外からの長距離ボソンジャンプ、しかも敵艦に数十メートルと非常に高精度のボソンジャンプだった。
勝敗は決した。
ボソンジャンプしてきた機動兵器「積尸気」によるゼロ距離攻撃によって主だった戦艦は撃破され。浮き足立った統合軍は総崩れとなった。
かくしてサクヤ攻防戦は火星の後継者側の勝利に終わった。それは既存の戦争の概念を覆す歴史的瞬間でもあった。
−火星極冠遺跡・火星の後継者総司令本部−
「ブイ!」
総司令部には勝利報告が数々寄せられるなか、ヤマザキ博士のウインドウが開いて事実上の勝利宣言を行っていた。
「おめでとう、ヤマザキ博士、これは大成功といって良いのかね?」
「ええ」
草壁の問いに自信満々に答えるヤマザキ。
「イメージ伝達率98%。これでほぼナビゲータのイメージ通りの地点に跳べますよ」
おお、という歓声が沸き上がる。
「今回の成功の鍵はズバリこれです」
そして取り出したのが・・・
「「「ゲキガンガー???」」」
のポスターとLDである。
「熱血アニメとボソンジャンプ、分かり易く説明してもらおうか?」
草壁のその質問はもっともだろう。
−同・視聴覚室−
「おい、ジョー返事をしろ、ジョー!」
「済まない、ナナコさん。やっぱり海には行けそうにない・・・」
「ジョー!!!」
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
男泣きする面々。
スクリーンにはゲキガンガー3第27話「壮烈!ゲキガンガー炎に消ゆ」が上映されていた。やはり木連関係者が多い以上、この盛り上がり方は当然だろう。
「よし、次は28話を続けて・・・」
「はい、お終い。続きは高座が終わった後で」
そのままいくとゲキガンガー祭りになるのでやむなく中止するヤマザキであった。
−同・寄席 長寿庵−
「さてお立ち会い!」
羽織袴に着替えたヤマザキは落語の高座よろしく、独演会と称した説明会を始めた。
「従来のシステム暴走の原因はズバリ『夢』です。
ナビゲータのイメージを遺跡に伝える人間翻訳機テンカワ・アキト。
彼の見る夢がある種のノイズとなってイメージ伝達を妨げておりました。
従来はテンカワ氏の夢に負けないようにこちらもイメージ伝達を増幅する手法をとっておりましたが、これが逆効果という事が実験の結果わかりました」
「つまり隣の騒音がうるさい場合、こちらもムキになってボリュームを上げてしまうというあれかね?」
「ご明察!」
草壁の推測は的を得ていた。
「そこで我々は入力データに熱血アニメのイメージを混ぜてみました。
彼の記憶では幼少の頃にゲキガンガーにハマっており、正義のヒーローになれない事へのコンプレックスがありました。
つまり我々はそこを逆利用、
彼は正義のヒーローとなり、さらわれたお姫様を助けに行く
・・・てな具合でイメージ伝達率は鰻登り」
『YURIKA』
『待ってろYURIKA、今助けてやる』
などなど多数のウインドウが現れた。
「「「おおーーー!」」」
「さて、さらなる研究により彼の場合、自分を追いつめやすいタイプであるとわかりました。
そこで彼がもっと悲劇の主人公として自己陶酔出来るように、彼の潜在意識の中から使えそうな情報を幾つかピックアップしてこのような作品を作ってみました。」
出したLDのタイトルは「プリンス オブ ダークネス」
そう、もう一つの可能性の世界でのアキトの物語だった。
「これで火星から地球まで一気に跳べるようになりますよ。」
ヤマザキはその内容には不向きな爽やかな笑顔でそう言ってのけた。
後で気づく。
火星の後継者達は自分たちの正義がどういう基盤の上に立脚しているのかを。
ここまで人の尊厳を踏みにじってまでも達成すべき正義なのかどうかを。
ヤマザキは「そのぐらい知ってから決起すべきでしょ?」という底意地の悪さからこの物語を彼らに見せたのだった・・・。
−プリンス オブ ダークネス−
今日も頭の中をいじられる。
あの苦しみはたとえようもない。
頭の中に直接手を入れてかき回されるような感触
隠しておきたい、秘密にしておきたい、見たくもない自分の心の暗部を平気でのぞき見て、朗読して嘲笑しやがる。
感覚は麻痺し、意識は朦朧とし、生きる気力すら起こらない。
だが、死のうとすると当てつけのように、生ける屍のユリカを見せつけやがる!
生命維持装置のコックをひねり、わざと窒息寸前の様を俺に見せつける。
「ほう、そんなに憎いかね。それだけ元気ならまだ大丈夫でしょう」
決まってあいつは嘲るように笑った。
だから、俺は死ねなかった。奴らに復讐するまでは・・・
ある日、偶然俺は助かった。
助けてくれたのはネルガルのシークレットサービス、月臣元一郎・・・親友白鳥九十九を暗殺したやつに助けられるのも何かの皮肉だった・・・
しかし、ユリカを一緒に救うことはできなかった。
廃人の一歩手前で救い出された俺は、まさに地べたに這いつくばった虫けらみたいな存在だった。
だが、ユリカはあいつらに捕まったままだ。
だからどんなに苦痛だろうと血の滲むようなリハビリにさえ耐えた。
目が見えないのなら、耳で見ればいい。
手が動かないのなら足で掴めばいい。
剣が振るえなければ喉笛を噛み切ってやればいい。
たとえ地獄の業火に焼かれようとも必ず奴らに復讐してやる!!
ただ、二度と味覚が戻らないと知ったときはさすがに辛かった。
もう、あの時の・・・ユリカとルリちゃんの三人で屋台をやっていた幸福だった頃に戻れないのだと知ったときには。
もう天にも地にも自分の居場所はないのだと
ジャンパーである以上不幸の輪から逃れられないのだと
もう、俺にはユリカを取り戻すことしか生きる価値がないのだと
・・・そう思い知らされたから
それから俺は闇を身にまとった。
あれだけ嫌悪していた月臣から武術の手ほどきを受け、人を殺す術を身につけた。
同時に助けられた少女の無垢な心を利用してまで復讐の手助けをさせ、
それでもなおユリカを助けられずにいた。
所詮、テンカワ・アキトはミスマル・ユリカという太陽に照らされていなければ自分で輝けない暗き星なのだと気づかされたのだ。
故に今日も闇から抜け出せなくとも、光を求めて殺戮に向かうのだ。
だからユリカ、どこにいるか教えてくれ。
お前の声を聞かせてくれ・・・
『アキト!!』
ユリカ、待ってろ。今助けに行く。
『お願いアキト、私はここよ。
助けにきて!!』
ユリカ、どこにいるんだ。返事をしてくれ!
『『秩父山中よ!』』
−遺跡コントロール装置−
「遺跡演算装置、イメージ入力完了、入力者:北辰・・・」
誰かが跳躍する度に見せられる悪夢。
アキトの彫像が涙を流したように見えたのは気のせいだろうか?
−秩父山中−
山中にボース粒子が増大し、何者かがジャンプアウトしてきた。
シャリン・・・
真っ赤な人型機動兵器。その名を知るのがいればこう呼んだであろう。
「夜天光・・・狂犬北辰の写せ身」と。
シャリン・・・
空中に突如現れた夜天光は、ゆっくりと地表に着陸した。
そこにはまるで「それ」が今日のこの時、この場所に来るのを知っていたように六人の間諜達が控えていた。青龍=北辰の六人衆と呼ばれる暗殺者集団であった。
夜天光のハッチが開いて中からパイロットが現れる。
もちろん、北辰だ。
「決行は明日」
北辰が告げたこと、それは火星の後継者達がついに地球連合にクーデターを仕掛けることを意味していた。
「今の隊長の跳躍がその証ですね」
「今こそ我らの各地の綿密な調査と情報が役に立つ」
したり顔でつぶやく北辰。
「で、我らのこれからの行動は?」
「高みの見物で?」
「いや、我らは我らの本来の任務に戻るまで」
「では、狩りますか?」
「ああ、妖精とラピス・・・地球に来ている。」
舌なめずりする北辰。
彼にとって彼女たちは最高の獲物だった。
彼を見て、怯えながらも誇りと品格を失わなかった初めての少女達。
彼女たちが屈辱と絶望の果てに落ちる最期の一瞬に見せる表情のなんと美しいこと。
「今度こそ逃がしはしないぞ」
北辰のその顔は、まるで懐かしい恋人にでも会うかのようにひどく狂喜にゆがんでいた・・・
運命は否応なく人々を巻き込む。
まもなく全ての人が奏でる狂騒曲のように
それは終幕への序曲でもあった・・・
See you next chapter...
−ポストスプリクト−
と言うわけであえて今回は火星の後継者サイドのお話しを中心にまとめてみました。
ユリカサイドが話が膨らむのでかえってこの方がすっきりするだろうとの判断です。
どうだったでしょう?
ちなみに、「プリンス オブ ダークネス」のアキトは劇ナデのアキトとイコールではありません。
アキトを追い詰めるためにかなり自虐的に脚色しているもので、私自身はアキトがあそこまで荒んでいたとは思えませんでした。
こう少し前向きなアキトという観点で劇ナデアフターなんぞをやってみたいものです。
では、次回まで