−アバン−
幼い頃、未来への可能性は無限にあると信じていた。
願いさえすれば何にでもなれると信じていた。
でも、大人になるにつれてそれは幻だったとあきらめる。
だって、大人になれば過去ばかり振り返るから
当たり前よね
過去にジャンクションしたって未来が変わるはずはないのだから
−オオイソシティ−
少女は走った。
元気いっぱいに
なぜって?
そりゃ、大事な人に一刻も早く伝えたいことがあるからさ!
渋滞を脇目に颯爽と通り過ぎる少女のまぶしさはまさに真夏の太陽だった。
「うひょ、彼女かっこいい!」
「乗っていかない?」
「また今度!」
冷やかしすら軽やかにかわす、白鳥ユキナはそんな少女だった。
−ハルカ・ミナト宅−
「やったよ、ミナトさん!見事ジュニアメンバー大抜擢!!」
元気よく玄関を開けブイサインをかますユキナ。
だが、彼女の保護者はその場にいなかった。
『ごめん、急用なの、ちょっと出かけてくるね、じゃ!チュ』
『ごめん、急用なの、ちょっと出かけてくるね、じゃ!チュ』
「投げキッス・・・怪しい」
ミナトの留守番伝言映像メモをみて、ユキナの女の直感がそう訴えていた。
「なんか怪しいよねぇ?」
そう思うが、何もカメラ目線で同意を求められても・・・ねぇ?
−連合宇宙軍ミーティングルーム−
「火星の後継者達は決起後、火星極冠遺跡を占拠、統合軍からの離反者が合流。その数、統合軍の三割にも達しています」
ジュンが報告書を読み上げる。
その間、脇で表示されるウインドウには彼らに同調して火星に馳せ参じ、宣伝よろしく統合軍将校が草壁と握手するシーンが流されていた。無論情報ソースは火星の後継者からの大本営であるが。
その報告に熱心に耳を傾けるコウイチロウや秋山、ムネタケら。もっともスイカさえ食べてなければ・・・の話であるが
「非主流派の国々も非公式ながら支持の声明を送っているようです」
「同調しようにもうちは人がいないからねぇ」
「よかったですな。うちが落ち目で」
「よくありません!どうして犯罪者にみんな心優しいんですか!」
コウイチロウとムネタケの相づちにジュンが怒った。ユリカのことを思えば当然だろう。
「優しくはないが、こういうのはどうもかっこよく見えるからなぁ」
とは秋山の談だ。
「そうそう、かっこよく見えるだけ。後は勝ち馬に乗りたいもの達が迎合しているだけだよ」
「もうすぐ気づくよ。新たなる秩序なるものがただの近親憎悪だということに」
かつて木連の人達から未知のテクノロジーを奪った地球連合、そして今、ジャンパー達からボソンジャンプを奪っている火星の後継者達。
やっていることは同じ人権無視、ただ正義の立場が変わっただけの事である。
「奴らが気づくまで待てと!」
と、ジュンが反論する前に秘書のウインドウがポップアップした。
「アオイ中佐、外線です」
ジュンが応答する前にいきなり外線を繋ぐ。繋いだ先は誰あろう・・・
「ハーイ、ジュンちゃんお久しぶり」
「ユ、ユキナ?」
「「おお、呼び捨て」」
慌てるジュン、ざわめき立つコウイチロウら三羽鴉。
「どうしてこっちに回したんだ!」
「親しい方から至急の用・・・ということでしたので」
秘書に苦情を言うジュン。だが、彼女は取り合わず、人の色恋沙汰にかまっているほど暇でないのか、さっさと通信を切った。
「では、若い者同士ということで」
「わ!」
妙に気を利かして窓際に席を移す三羽鴉達。でも、お見合いじゃないだろう?
「ねぇ、ミナトさんそっちに行ったでしょ」
「な、なんのことだい?」
「とぼけても無駄無駄!ネルガルだか宇宙軍だか知らないけど何か隠してるでしょ!」
追求モードに入るユキナから盛んに顔を背けようとしているジュン。
「ジュンちゃん、目を背けるとき絶対何か隠してるもん。私の目を見て!!」
素早くジュンの視線にウインドウを回り込ませるユキナ。目を合わせてしまうとジュンは圧倒的に弱くなる。
「そんなの・・・軍の機密だよ・・・」
「ああ!やっぱり隠してた!!」
隠し通せるほど意志が強ければ今頃ユリカに告白できていただろう。
「お願い!アオイさんだけが頼りなの!
言うこと聞いてくれたらデートだってなんだってして上げちゃう。
わがままも言いません。
あなたのユキナになりますから!!」
「な、な、」
赤くなるジュン。そんなものただの聞き出す口実にすぎないのだがそれとわかっていてこの体たらくである。
「アオイ中佐もあれでそれなりに出来る男なんですが、いわゆるいい人すぎて」
「こら!そこ!」
「わかります、わかりますとも」
「少女に手玉に取られてはいけませんなぁ」
「だぁ!!うるさい」
親父達にすらもてあそばれるジュンであった。
『夏の空、ジュンにも遅い春の風 byコウちゃん』
・・・って、本当にそうか?
Chapter8 現在の居場所 ex.Minato & Yukina
−なぜなにナデシコ・あの人は今編−
こんにちは、お久しぶり、白百合です。
さて、今回は元ナデシコクルーの現在の生活をお教えいたしましょう。
まず、アキトさん、ユリカさん、ホシノ・ルリ・・・あと三人娘に関してはご承知の通りですね?
次にイネスさん。彼女はアキトさん達の事故の後、しばらくの後に実験装置の誤作動により事故死だそうです。なんでも西暦2300問題だとか
・・・冗談です。
もうすぐ三回忌になります。おかしい人を亡くしました。いや、これはマジで。
ミナトさんはユキナさんを引き取りオオイソシティで高校の数学教師をされているそうです。秘書に操舵士に教師・・・多芸なのはいいですけど、どれが本職なんですか?
ユキナさんは同じ高校に通う、陸上短距離走に燃える熱血女子高生です。ちなみに熱血なんて名指しすると本人は怒りますのでそのつもりで。
ウリバタケさんはご自分の修理工場で怪しい発明三昧。奥さんと喧嘩ばっかりしている様ですが、やることはやってるようですので夫婦仲は悪くないみたいですが・・・たまにネルガル月ドックで見かけるのは気のせいですか?
メグミさんは声優に再々復帰、大戦帰りによって人物に深みが出たとかで、ラジオのお悩み相談で大ブレイク。芸能界で引っ張りだこです。
メグたんの愛称で一躍カリスマタレントとしての地位を確立しております。でもそれってどっかのヒッチハイク番組出演者の帰国後みたいでちょっと嫌です。
なんとホウメイガールズさん達はメグミさんのツテで芸能界デビュー。星一番コンテストでよもやと思っていたのですが、やはりですか。ヒサゴプランのマスコットガールとしてただいま売り出し中。
そしてホウメイさんは日々平穏という料理店をヨコハマシティにて開業中。
「姉さん、わたしチキンライスというものを食べてみたい」
わかりましたよ、ラピス。イネスさんのお墓参りをしたら連れていって上げますから。
では、次回までごきげんよう
−ウリバタケ宅−
さて、今日も元ナデシコクルーを集めて回るユリカ達三人組。今回のお宅はウリバタケ・セイヤのお宅。だが、出迎えたのは本人ではなく、身重の奥さんオリエであった。
「あの〜うちの人、町内会の組合で出ているのですが、主人に何か?」
怯えるように訪ねるオリエ。
出産間際の不安な時期に旧ナデシコクルーが何の前触れもなく訪れられては無理もない。また夫を連れて行かれるのでは?と気が気でないのだろう。
「あのですねぇ」
「いえ、近くまで寄ったものですから。」
そんなオリエの心境を察しないハーリーの発言をユリカは遮った。
「赤ちゃん、楽しみですね」
ユリカは羨ましそうな、うれしそうなそんな切ない笑顔でオリエに労いの声をかけた・・・。
「あ、これ皆さんで召し上がってください」
律儀にサブロウタがおみやげを渡した。
−日々平穏−
ホウメイの店に立ち寄った三人は少し遅い昼食を取り始めた。実はハルカ・ミナトとここで待ち合わせをしていたのだ。ユリカは先に出来た塩ラーメンを食べていた。
「はい、パエリアお待ち!」
「うひょ、うまそう。いただきます!」
サブロウタの頼んだのはパエリアだ。ホウメイの自慢料理の一つである。
「歴戦の勇者、また一人脱落っと」
「火星丼お待ち」
「は〜い」
ハーリーは嬉々としてPDAを操作して今し方参加を依頼できなかったウリバタケの欄にバツを入れる。不参加者のリストは結構な数になっている。
そしてバツを入れる度にうれしそうにするのだ。
「ハーリーお前さっきからしつこいぞ」
見とがめるようにサブロウタは食べる手を止めてハーリーを戒めた。
「そりゃ、確かに不謹慎かもしれませんけど。でもそんなに昔のナデシコクルーが必要なんですか?」
「必要ですよ」
即答して食べるのに専念しているユリカ。
少しすね始めたハーリー。即答されたのが気に障ったのかもしれない。
「別に僕たちだけでいいじゃないですか!
そりゃ、パイロットの補充は良しとしましょう。
でも艦の操舵なら僕だけで十分ですし
戦闘指揮ならサブロウタさんだっています。
僕たちは連邦宇宙軍の最強チームなんですよ!
リタイヤした人達にも今の生活があります!
何が何でも懐かしのオールスター勢揃いじゃないでしょ!」
「ハーリー!いい加減にしろ!」
サブロウタに諫められてもなお子供の駄々のようにまくし立てるハーリー。依然ユリカはラーメンを食べたままだった。
「ねぇ、聞いてるんですか!艦長。
僕はそんなに頼りないですか!
答えて下さい、艦長!!」
「ホウメイさん、おっかわり!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
スープを飲み干すまで待たせたあげくの回答がそれだった。
ハーリーは泣きながら脱兎のごとく走り去った。
がたん!すってん!!
途中派手にすっころんだようだが、ものともせず行ってしまった。
「お〜い!!金払ってけよ。
ったく・・・痛くないのか?あれだけぶつけといて」
ハーリーの通った後はぶつけて落としたものが散乱していた。
「いいのかい、あの子の事。」
「かまいませんよ。お腹が空いたらそのうち戻ってきますよ」
猫や犬の子じゃないんだから・・・とホウメイは言おうとしたがやめた。
元来ユリカはこういう性格である。こと他人からの好意に対してあくまで自分の中の好意を基準にしてしか考えない。
じゃなきゃ、邪険にされてもアキトが自分を好きと信じて疑わなかったり、ジュンを最高の友達のままで終わらせることなど出来ようもない。ユリカにとってハーリーは手のかかる弟止まりだった。
「今のままじゃ敵に勝てない。それはあの子にもわかっているはずです。」
ナデシコCでのボソンジャンプにより敵拠点を強襲し、電子戦にて一気に敵システムを掌握する。これが今回の作戦内容だ。その為にはまず電子戦に勝利しなければいけない。
これは時間との勝負だ。相手に反撃するだけの時間を与えればたかが一隻の戦艦などひとたまりもない。
もしオペレータがルリであったら完璧であっただろう。が、ハーリーの場合、公算はかなり厳しい。
その上、艦のオペレーションまで兼ねればオーバーワークであることは目に見えてる。
その為の操舵士であり、通信士であり、エステバリスパイロットであり、整備班である。
どれもハーリーの負担を少しでも減らし、電子戦の為の時間を稼ぐ為の備えだ。
「少しでも勝率を上げるために事前準備をするのは当然です。
それが士官の責務ですから」
「頭じゃわかってても割り切れないこともあるさ、人間だもの」
ホウメイはやさしく諭す。
「・・・」
「あの子、ヤキモチを焼いてるねぇ。昔のナデシコってやつにさぁ」
「はぁ」
無理もない。ユリカはつい最近まで過去の思い出の住人だった。だから現在の仲間が抱えている思いを見ていなかったのだ。
「ヤキモチねぇ。さって、どこから探すかねぇ」
サブロウタは世話のやける姉と弟を優しく見つめていた。
−商店街−
「艦長のバカ・・・バカ、バカ・・・」
飛び出したハーリーは商店街をとぼとぼとベソをかいて俯いて歩いていた。
「バカはいいけど、どうせ官舎には戻らなきゃいけないし・・・
どんな顔をして二人に会えばいいんだろぅ・・・」
俯いてそんな情けない悩みを抱えていれば、目の前の人物のことなど当然気づかなかっただろう。
「よっこいしょっと!」
「へ?」
ポム!
ハーリーは顔を上げた瞬間、何かに顔を遮られた。
「あらまぁ、大胆」
柔らかい感覚、女性の声・・・ハーリーは自分が今何に顔を埋めているか気づいて赤くなった。
「ぅぅぅぅぅ・・・」
「やぁん」
「うぁぁぁぁ、すみません!すみません!すみません!」
慌てて飛び退き平謝りするハーリー。そんな彼が可愛かったのか、女性は彼の顔を覗きこんだ。
「ふうん、何だベソかいてたんだ。それじゃ道を聞いてもわからないよね」
その女性、ハルカ・ミナトは優しく笑った。
そんなミナトを見て俄然元気になったのか、ミナトの荷物を持ちだした。
「何をおっしゃるウサギさん。ご案内しますよ。
これでも軍人の端くれ、この辺の地理はばっちりです!」
重そうだが必死に運ぶハーリーに甘えて頼むミナト。
「そう?じゃ、日々平穏ってお店なんだけど」
「え?」
「うん、日々平穏だって」
「ひ、び、平穏?」
いきなり情けない顔になったハーリー。
「どうしたの・・・?」
「知ってるけど、今行くとその・・・決まりが悪くて」
「へ?」
「ぅぅわぁぁぁぁ!!」
「え、ええ?」
とうとう泣き出した、ハーリー。
他人にはお稚児さんを泣かせた女性と映るのだろうか?ミナトはそれが心配だった。
−付近の公園−
夕暮れ時、あれからハーリーが泣きやむまでしばし時がたった。
ハーリーに缶コーヒーを渡すミナト。ようやく落ち着いたようでコーヒーに口をつけるハーリー
「どう、落ち着いた?」
「はい、済みません。見ず知らずの人に、本当にもう・・・」
「・・・ハーリー・・・君?」
「え?どうして僕の名前を!」
やった、という顔をするミナト。
「やっぱり、艦長からの手紙に一杯君のことが書いてあったからね。
ピピンときたんだ」
「艦長・・・テンカワ大佐が僕の事を?」
「そう」
ミナトはうれしそうに手紙の内容を思い出して告げた。
「私にもう一度家族が出来ました。
サブロウタさんとハーリー君。
特にハーリー君はルリちゃんと同じ身の上の少年ですが、彼女と同じ明るくてとてもよい子です。
ただ、ちょっと甘えん坊で頼りない弟みたいですが・・・だって」
『へぇ、僕って艦長にそんな風に思われてたんだ』
少し嬉しくなったハーリー。そしてミナトも自分と同じ目でユリカを見ていることに気づいた。
「貴方も・・・元ナデシコの?」
「そう。だから甘えちゃいな、弟君!」
ミナトはあらぬ方向を見る。ハーリーもそれに気づいた。
暮れる夕日の影が彼の下にも届いていた。ユリカの形をした影が。
ユリカとサブロウタが公園の入り口まで迎えにきていた。
「ハーリー君、帰ろうよぉ」
「おい、勘定ワリカンだぞ!」
それが彼らの今の居場所なのだから。
−日々平穏−
コン!
早々と店じまいをして、ミナトとホウメイはともに杯を交わしていた
「何に乾杯なんだい?」
「久しぶりの再会と、ハーリー君に!」
「ハハハ!!」
豪快に笑うホウメイ、微笑むミナト。
「あんたも、乗るのかい?ナデシコCにさ」
「そうだね」
ホウメイもミナトも遠い目で在りし日の思い出を見つめているようであった。
「プロスさんから連絡もらった時には艦長の顔だけ見て帰ろうかと思ったんけど・・・」
一息ついてあの時のユリカの顔を思い出す。夕暮れの公園での迷子の小猫のような顔を。
「あの顔を見ていたらそうも言ってられない」
「そうだね、かなり無理をしてる。
顔には出してないけどさ。
艦長としての責任、敵は強い、捕まっているのは自分の旦那さん。
ルリ坊は敵か味方かわからない・・・」
ホウメイの言葉に相槌を打つように振り向くと、ミナトはポツリと呟いた。
「艦長も昔のようにホゲェと出来れば楽なのにね」
カラン・・・
グラスの氷が相槌を打つように音を鳴らした。
「アキト君がいないんじゃしょうがないか・・・」
−帰り道の電車−
まばらな車内、寄り添うように座っているユリカたち三人。
流石に昨日の徹夜が疲れたのか、サブロウタもハーリーも居眠りをしていた。
『ヤキモチ・・・か。私は今まで何を見ていたんだろう』
白い機動兵器に身を包んだルリちゃん。
遺跡の一部と化したアキト。
『私は誰のために戦うんだろう・・・』
そんなことを思いながら、彼女は現実に引き戻された。
「艦長・・・」
ユリカにもたれかかりながらハーリーは寝言を言った。
取り敢えず、今の仲間のために戦おう。そうユリカは思った。
だが、運命はそれすらもあざ笑う。
なにげなく顔を上げて併走する電車を見つめるユリカ。
そこにいたのは。
Princess of White・・・ホシノ・ルリ・・・
決して交わらない二つの電車
たとえ近づいても決して同じ道を歩むことはない。
ルリとともに別の軌道へ走り去る電車を見つめて今更ながらに思い知らされた。
もう、ユリカとルリの居場所は同じところではないのだと・・・
See you next chapter...
−ポストスプリクト−
今回のタイトルは悩みました。
いえ、タイトルが思い浮かばないという意味ではなく、付けたいタイトルが多くて。
このチャプターはユリカが現在の自分と居場所を再確認する回なのですが、どうしても
ユキナとミナトの存在が大きすぎて。
で、ああいうタイトルになりました。
というわけで取り敢えず、折り返し地点です。
残り後半も見守ってください。
では、次回まで