−アバン−

人は夢に向かって走りつづける。
たとえ、ゴールしてしまえばもう走る理由すらなくなってしまっても。
それでもゴールに辿り着くために走る続ける。
あそこに望む夢があるのだから

でも、たとえゴールしても勝者への花束は私には手渡されない。
あの人が求めているのは私じゃないから・・・

−アマノ・ヒカル宅−

「あら、艦長お久しぶり」
ナデシコCのクルー集めの為に初代ナデシコクルー達に乗艦依頼をすることにしたユリカ達はまず手始めにアマノ・ヒカルのところに訪れた。出迎えた彼女は心なしかやつれていた。
「「おお、生原稿!!!」」
漫画好きなハーリーやサブロウタは人気連載漫画の原稿を目の当たりにして興奮していた。

「ナデシコC?」
「ええ」
「いいよ」
「「え?いともあっさり・・・」」
ヒカルはユリカの依頼を二つ返事で引き受けた。
「でも、原稿が・・・」
「ふふふ、ちょうど締め切り迫ってて困ってたんだ。」
「はぁ?」
「これで休載する理由ができる。しかも『作者急病』なんて落としたのバレバレな理由じゃなくて!」
「でも・・・」
締め切り間近で追いつめられていたのか、だんだん常軌を逸しだしてきた。
「『火星の後継者退治記念』として特集が組めるし!燃え燃えの展開で読者の皆さん大喜び!よし、行きましょう。すぐ行きましょう!」
「あの、原稿なら私たちも手伝いますよ?」
テンション最高潮のヒカルをユリカの一言が撃破した。

「い、いや、別にそんな事してもらうわけには・・・」
「大丈夫ですよ、一人より二人、二人よりも三人、四人いれば何とかなります」
「いや、そうじゃなくってですね・・・?」
明らかにうろたえるヒカル。彼女にしては珍しい。
「こちらの用件で休載してもらうわけにはいきませんし、何よりヒカルさんの漫画を楽しみにしている読者さんたちに申し分けがありません」
「いや、私はいいんだけど・・・」
「と、言うわけでちゃっちゃとやっちゃいましょう!」
そういってスタスタと仕事机に近づくユリカ。

「だぁぁぁ!お願いやめて!艦長ブキなんだから手伝ったら・・・」
ビリ!原稿が破れた
「あれ?」
「原稿がめちゃくちゃになる・・・」
バシャ!!机のコーヒーをこぼした。
「きゃ!」
「・・って言おうとする前からやってるしぃぃぃ!!」
破壊した原稿をもって立ちすくむユリカ。その瞬間どんなに頑張ってもヒカルが原稿を落とす事は確定的となった。

−なぜなにナデシコ・タイムパラドックス編−

皆さん、こんにちわ。白百合です。
今回のお題はタイムパラドックスについて

皆さんはナデシコにおいてボソンジャンプにより過去及び未来に跳べることについて不思議に思ったことはないでしょうか?

たとえば手近なところでアキトさん。
彼はかつてゲキガンタイプを月に飛ばしたときに自身も2週間前の月面を飛ばされてもう一度同じ2週間を生きております。
この時、
「このときテンカワアキトは新入りパイロットさんを救うことが出来るだろうか?」
という命題が提示されるわけです。
過去の自分に新入りパイロットの死を伝える→新入りパイロットの死なない手段を取る→新入りパイロットが死ぬことを知らない未来の自分が発生する→この未来の自分は歴史に介入しない→歴史が変更されない・・・という具合に矛盾が生じていくあれです。

この命題を考察する際におもしろい論文があります。故イネス・フレサンジュ博士の論文で「可能性のジャンクション」というものです。

難しいので骨子だけ端折って話しますと
「歴史とは一定の有限な可能性のなかで収束し、相互にジャンクション可能な性質を持つ」
というものです。
わかりやすく言うと、北から南に向かうという行程そのものは変わらないけど、そのうちの道路という可能性を自由に選ぶことが出来る。しかし道路という可能性そのものは限られた本数しかない、ということになります。

先ほどの例でいくとアキトさんは月に飛ばされる可能性と飛ばない可能性があり得ました。
飛ばない可能性を選んだとしてもあの新入りパイロットさんを救えませんでしたし、当然飛ばされたとしても2週間の間に会うことは叶わなかったのは歴史が証明しています。
従ってどちらの可能性を選んでいたとしても新入りパイロットさんを救う可能性への道にはジャンクションされていなかったという事になります。

この論法を当てはめてタイムパラドックスを考えた場合どうなるのでしょう?
たとえアキトさんが同じ時間を二度生きたとしても二人のアキトさんが出会う可能性にジャンクション出来なければタイムパラドックスが起きる可能性にもジャンクションしない事になります。
つまり、早い話がどう歴史を弄ったところでなるようにしかならないらしいのです。
従って大枠の歴史は人がどんなにがんばっても変えようのない事になってしまいます。
なんだかつまんない話ですね。

それともう一つ、その論文に興味深い話が書いてありました。
本来、可能性はそれほど隔たりのある存在ではなくて要所要所にあるジャンクションにて簡単にすり替わってしまうものなんですって。
予知夢なんて見たりするのはたまたま時空的にジャンクションし易いポイントにいるためにもう一つの可能性を垣間見たり出来てしまうのが原因なんだそうです。

「誘拐されなかった自分」っていうのもちょっと見たい気もしますが、
あちらはあちらで幸福でもないのでしょうねぇ・・・

では、今回はここまで



Chapter7 可能性のジャンクション



−BAR花目子−

「一歩二歩散歩〜〜〜」
ママの歌う変な歌が意外に受けているBAR花目子。
無論、そんな寒いダジャレを真顔で歌えるのはマキ・イズミしかいない。

「散歩のときには連れてって〜
 ダメだよポチは犬だから〜歩けば棒に当てられるぅ」

そんな歌を酒の魚にウイスキーを飲んでいるのはプロスペクターだった。
「お客さん、ママの知り合い?」
バーテンがワケあり顔のプロスに尋ねた。
さも心配そうであり、イズミもあれで結構好かれているようである。
「戦友ですよ」
ふと、プロスは壁のコルクボードを見る。

そこにはナデシコ時代の写真が一杯貼られていた。
このウインドウ時代にアナクロな、とも思うが、そんなところがイズミらしいともいえる。

あえてユリカ達をこちらに回らせなくてよかったかもしれない。
ある意味、マキ・イズミは前に進めない女性だ。
それが良い悪いではなく、そういう生き方しか出来ない女性だからだ。
だから彼女にとってナデシコの日々は眩しいものである。
そんな思いに満ちているこの場所はユリカにとって辛いものであろう。

「生きてるうちが華だから〜〜」
プロスのそんな思いに答えるかのようにイズミは調子の外れたさびの部分を歌った。


−アマノ・ヒカル宅深夜−

その夜、ユリカ達はヒカルの原稿の修復を手伝い、そのまま泊まることになった。
そこでユリカはある夢を見る。

ある少女の見た夢を

−夢−

「ホシノ・ルリ11歳、オペレーターです」
「よろしくね、ルリルリ」
「よろしくね、ルリちゃん」
「よろしく」
「よろしく」
ミナト、メグミ、ホウメイ、ヒカル、リョーコ、イズミ・・・
次々と挨拶してしてくれる。

そして、・・・アキトとユリカ
「ルリちゃん、よろしく」
「わぁ、可愛い!仲良くしようね!」

「ナデシコは火星に行きます!」
プロスのかけ声で火星に向かうナデシコ

『これは誰の夢?私の夢じゃない。これはルリちゃん?』

「アキト、アキト、ねぇ聞いてよアキト〜!!」
いつもガミガミのエリナ、むっつりゴート、電卓をたたくプロス
ひっつかれて迷惑そうなアキト、それを意に介さないユリカ、それを物欲しそうに見つめるジュン
歌って踊るホウメイガール
じゃれるミナトとユキナ、そしてメグミ
星一番コンテストで優勝するルリ
いつもおいしいホウメイのパエリア
怪しい発明が大暴走のウリバタケ
寒いギャグを飛ばすイズミ、つっこむヒカル、殴るリョーコ
なぜなにナデシコに興じるイネス
プロスペクタの作ってくれたラーメン
ゲキガンガー上映大会

思い出、大切な思い出
今は懐かしき、あのナデシコ時代の懐かしい思い出達。

そして、死
悲しい死
たった一日しか会えなかった新入り女性パイロット
山田次郎(=魂の名前ダイゴウジ・ガイ)
そして白鳥九十九・・・
愛する者を失ったハルカ・ミナトの痛ましい姿

「ボソンジャンプは地球も木星連合も火星から発掘したオーバーテクノロジーを流用しているに過ぎない」
在りし日の「イネス」と「ルリ」の会話、でもユリカには覚えがなかった。
「だから、技術開発というより、遺跡の発見、発掘が戦況を左右するの」
「そんなに単純でいいんですか?」
「ふふふ、そうね」
あの日、遺跡を誰の手にも届かないようにとジャンプさせた日
初めてアキトとユリカがお互いの気持ちを見つめあった日
アキトとユリカの痴話喧嘩の末のキスシーン
それはルリにとって懐かしきナデシコでの日々の象徴だった・・・

「でも、もしその発見が宇宙の存在そのものを揺るがすものだとしたら・・・」

ルリにとってあの日までは、遺跡の存在とはアキト達の光輝いていた日々の象徴だったのかもしれない。
でも・・・

シャリン・・・

あの日から

遺跡に融合されて張り付けにされるアキト、ユリカ、イネス

シャリン・・・

アキトとユリカの死亡記事
イネスの死亡記事
三人の死体無き遺影・・・
彼らの遺影を抱える喪服姿のルリ

シャリン・・・

崩れ行く石像と化したユリカ
ぼろぼろになるブラックサレナ
地獄の業火に焼かれるアキト
彼に突き刺さる無数の錫杖
「うわぁぁぁぁぁ!!」
アキトの悲鳴・・・

暗転

−アマノ・ヒカル宅早朝−

「は!!」
はっと目を覚まし辺りを見回すユリカ。
そこはアマノ・ヒカルの家、ハーリー達は泥のように眠っていた。「私」はちゃんとテンカワ・ユリカのままだった。
「夢?」
不思議な夢だった。あの夢の中で自分は死んでいた。
いや、今のアキトと同じ立場にいた。
自分の立場にルリがいた。
それはほんの少しの偶然で、あの日あの時シャトルに乗らなかったのが自分とルリが入れ代わった、もう一つの可能性、そんな世界の少女の夢のようだった。

「私はどうすれば良かったの?」
あの時、自分は一緒にシャトルに乗ってアキトやルリと一緒に死にたかった。
でも今の夢のルリは、アキトとユリカがいなくなった世界のルリは、ちょうど今のユリカと同じ辛さを味わっていた。
結局、ユリカの願いも立場が変われば悲しませる相手を残すだけの、唯の自己満足に過ぎなかったのだ。

そして、ルリの淡いアキトへの恋心も知った。

「ルリちゃん、今あなたはどんな思いを抱えているの?
 私は貴方に何をしてあげればいいの?」
ユリカにはすぐには気持ちの整理がつかなかった。
自分の気持ちを持て余しているのは確かだった。

でも・・・

今は夢の中のルリのために素直に涙を流してあげよう
現実のルリのことを想いながら・・・

後でユリカは知る。
それが可能性のジャンクションであったことを・・・

−同刻・ネルガル月ドック−

ユリカと時を同じく、ルリも目を覚ましていた。
「何でこんなものを見せるの?」
見た夢もユリカと同じ夢。
ただ違っていたのはもう一つの可能性でルリと同じ立場にいる人物の夢

・・・テンカワアキトの夢だった。

「そんなことわかっている」
復讐なんてしても報われるわけはない
「彼がユリカさんを求めているのはわかっていた・・・」
もう一つの可能性の世界でユリカを救うために悪鬼に身を窶す闇の王子様・・・
「あの人も味わっていた。アマテラス攻略に失敗した時点で自分の戦いは終わっていたのだと」
もうすぐ、ナデシコCは完成する。そうなれば自分の力がなくともユリカがなんとかするだろう。
アマテラスでアキトさんを救えなかった時点で私の存在価値は無くなったのだと・・・
同じことをもう一つの可能性の世界のアキトさんも気づいていたのだと・・・

「姉さん・・・」
横でラピスが私にしがみつくように眠っている。
この子も私と同じ、捨てられるのが恐いと思っている
アキトさんが彼らに捕まったあの日、私は一時期ラピスを憎んだ。
この子を助けることに時間を費やさなければ、
ブラックサレナに乗る時にアキトさんがこの子を庇いさえしなければ、
あるいはアキトさんは助かっていたのに・・・
でもそう思えば思うほどそれは自分の心を醜さで切り刻んだ。
だって、それはアキトさんが私に向けた思いを踏みにじることと同じだから。

だから、私はラピスを守ろうと決めたのだ。
たとえ憎いと思っていても。
たとえ自分の復讐のために利用しているとわかっていても

・・・地球に行こう。

ユリカさんと会って気持ちに決着をつけよう

涙だけじゃなく、心まで凍ってしまわないうちに・・・

See you next chapter...


−ポストスプリクト−


最初に断っておきますが、別に時間逆行SSに喧嘩を売っているわけではありません(っていうか、私は好きです)
ただ、このお話が可能性を題材にし、劇ナデを舞台にする以上、劇ナデのシチュエーションをチャラに出来る方法を作品中に残しておけなかったというだけです。
はい。

あと、お話ししませんでしたがこれを執筆するにあたっての参考文献は

・CD起動戦艦ナデシコ特別編に付属の絵コンテ
・ナデシコプラス MOBBY JAPAN刊

です。特にメカ設定はナデシコプラスから引用した部分が多いので良かったら参照してみてください。

今回はここまで
では



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